ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄(上下巻)』(草思社文庫)

 20年前に読まなくちゃ、と思ってそれっきりになっていた本書を、この機会に手にする。
 もうとっくに読んだよ、という人もいると思うけれど、ご容赦ください。

 本書は、文化人類学者の著者が、1970年代にニューギニアの優れたリーダーによって投げかけられたひとつの質問に端を発する。
「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」
 なぜ世界の富や権力は、現在あるような形で分配されてしまったのか。たとえば、なぜ南北アメリカ大陸の先住民がヨーロッパを征服することがなかったのか。なぜ人類社会の歴史は、それぞれの大陸によって異なる経路をたどって発展したのだろうか・・・。
 この壮大な問いに、著者はこれでもかといわんばかりの「分厚い記述」(thick description)によって立ち向かう。そしてたどりついた結論は、「大陸ごとに環境が異なっていたから」というものである。まず、栽培化や家畜化の候補となる動植物の分布が違っていた。大陸の形状(南北と東西の違い、障壁となる地形など)は伝播・拡散の速度を決定づけた。その中心となったユーラシア大陸からの伝播の容易さも関係する。さらにそれぞれの大陸の大きさや総人口の違いも決定的であった。考察は先進地域であった中国や中東が遅れていたヨーロッパにリードを奪われた理由についても進められる(このあたりはまっさきにウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を思い出させる)。

 人類史に感染症が果たした役割については、第11章に詳しい。マラリアなどの逆輸入という一部の例外はあるにしても、新大陸の先住民たちは旧大陸からもたらされた病原菌によって文字通り根絶やしになってしまった。北アメリカ先住民の人口が200年のうちにわずか5%にまで減少してしまったのは、銃のためだけではない。

 本書は質的研究としてとてもしっかりした骨格を持っているので、社会学歴史学などを学ぶ大学生にとっても、いちどは目を通すべき本であろう。「問いを立て、データにもとづき検証し、結論を出す」というプロセスがきわめて明瞭で説得的であり、しかも少数事例、さらにはN=1問題にもきちんと対応できている。方法論に関する解説もエピローグにちゃんとまとめてあるのがうれしい。ただしその背後にある情報がきわめて広範にわたっているので、ただ目を通すだけではわからないことも多いようにも思われる。

 とにかく、読んでよかった。
 今こそ読むべき本であり、また、20年前にはわからなかったことも、今なら分かる気がする。

 (こ)