劉 慈欣『三体』(大森望=光吉さくら=ワン・チャイ訳、ハヤカワ文庫)

以前紹介した直島翔さんの『テミスの不確かな法廷』(角川書店)が、来年1月に松山ケンイチさん主演でNHKでドラマ化!
発達障害を抱える裁判官が主人公の、異色ともいえるミステリ作品。
一体どんなドラマになるのか楽しみです。

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早川書房が創立80周年ということで、「ハヤカワ文庫の80冊」というキャンペーンをやっている。80名もの著名人が1冊ずつ、合計80冊を推薦するというものなのだけれど、これが結構すごい人選。ざっと見渡しても、三谷幸喜高橋留美子から始まり、是枝裕和宇多田ヒカル宮崎駿青山剛昌奈良美智大泉洋赤坂アカ庵野秀明、佐久間宣行、養老孟司竹内薫鷲田清一・・・・などなど。

その中で、新海誠監督は劉慈欣『三体』を推していた。そういえばこれ、日本語訳が出たときに結構話題になっていたあ・・・ということで、ちょっと読んでみた。

文化大革命で父を惨殺された女性研究者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。彼女がスカウトされた軍事基地には大きなアンテナがあった。そこから四十数年後、ナノマテリアル研究者の汪淼(ワン・ミャオ)は、奇妙な「数字の列」に悩まされ――。

これ、バリバリのSFですね(当たり前ですが)。

何をどこまで書けばネタバレになるのか微妙なので一応伏せておくが、まあ予想を軽く超えるストーリーであった。

前半はなかなか先が見えず、やや読むのに苦労したところもないではなかった。ただ、中盤から後半にかけては一気読み。ラスト近くで突然、物語の舞台が「あの場所」になるが・・・いや、これもう、何を言っているのか分からない説明が続くんだけれど(笑)、それがまた妙に心地よい。

ラストはいかにも「続く」という雰囲気を残して終了。っていうか、実際この物語は『三体Ⅱ』及び『三体Ⅲ』へと続いていく。

改めて冒頭から読み直す。本書のストーリーは基本的に「汪淼」の目線を通して進んでいくが、真の主人公は「葉文潔」なのかもしれないと思い至る。彼女が文化大革命を通して受けた強烈な体験と、これを踏まえたその後の行動は、間違いなく本書の核である。


(ひ)

俵万智『生きる言葉』(新潮新書)

「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」(ヨハネ1:1)

言葉を使うということは、人間の人間たる所以であり、世界は言葉で満たされている。
そして言葉の達人が、言葉をテーマにエッセイを書いた。

 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

彼女を有名にしたサラダ記念日の例の句だが、7月6日にしたのは下の句の「s」の音にこだわったからだという。ただ1か所、「が」という濁音の強さが気になって、どうかして直そうとしたものの、どうにもならなかったのだとか。

「も警察」という表現があった。彼女は安易に「も」を使うことを嫌う。

 クリぼっちそんな言葉もあったねとグラスではじける粉雪みつめ
 身の程も知らずに貴方に恋をした今年の夏が暑すぎるから

 クリぼっちそんな言葉があったねとグラスではじける粉雪みつめ
 身の程を知らずに貴方に恋をした今年の夏が暑すぎるから

たった一文字で、句がきゅっと引き締まる。感覚を研ぎ澄まして、もっともふさわしい31文字を選び取るのが、歌人

そして世に送り出した句が、読む人によってさまざまに解釈され、読み手と共振する。送り出した本人すら気がつかなかった受け止め方がされることもある。
このあたり、息子くんが、母の壁打ちの相手となって、とてもいい味を出している。

コミュニケーションは、言葉を送り出さなければ成り立たない。しかし、送り出した言葉が語り手の思った通りに受け止められるとは限らない。コミュニケーションは、語り手と読み手・聞き手の間に関係性として浮かび上がる。

学校で起きていることにつらつらと思いを巡らせてみた。
話したことが伝わらない。自分のことをわかってもらえない。ほんとうはそういうつもりじゃなかったのに、あいつはやめてくれなかった、先生はわかってくれなかった・・・。
一方で、言葉を額面通りにしか受け止められない生徒もいる。そんなふうに思っていたとはまったく気づかなかった。そうならそうと言ってくれればよかったのに・・・。

コミュ力と、忖度と、共通テストと、不登校と、サイコパスと。なんだか一つに繋がっていった気がする。まだ言語化できていないけど。

(こ)

カフカ『ブレシアの飛行機/バケツの騎士』(丘沢静也訳・光文社古典新訳文庫)

「オドロキ オドラデク」という言葉(というか造語)がある。

施川ユウキバーナード嬢曰く。』(一迅社)第6巻に収録されたショートストーリー。カフカの短編小説に出てくる「オドラデク」の形状について、高校生たちがひとしきり盛り上がった後、そのうち一人が「びっくり」の後に「オドロキ オドラデク」と口にする。「私が思いついた、びっくりした時に使う知的ギャグだよ」と。それを聞いた友人は――。

結構ほっこりする話で、個人的に気に入っている。なお、この「オドロキ オドラデク」という言葉、そのまま第6巻の表紙にも採用された。書名よりも大きくて目立つフォントになっていて、相当インパクトがある。

前置きが長くなってしまったが、その「オドラデク」が出てくるカフカの短編小説が「家父の心配」。先月刊行された『ブレシアの飛行機/バケツの騎士』(丘沢静也訳・光文社古典新訳文庫)に収録されているというので、読んでみた。

オドラデクという不思議な生き物。「平べったい星型の糸巻きのよう」に見えるが「単なる糸巻きではなく、星型の中心から小さな棒が出ていて、その棒には直角に小さな棒がくっついている。」(70頁)・・・いや、いったいどんな形状なんだ(笑)。

虫か何かだと思っていたら、会話もできる。名前を聞くと「オドラデク」と答える。ますます何者なのか分からなくなる。まさにカフカワールドである。

まあ楽しく読んでいたら、最後の一文で、この短編小説がぐっと引き締まる。この一文で「文学」に昇華する。さすがカフカ

なお、この『ブレシアの飛行機/バケツの騎士』には、他にも多数の作品が収録されている。小説が多く、どれもこれも「ん?」とか「んん?」となるものばかりで、やっぱりさすがカフカである。小説以外にも書評やエッセイがいくつか含まれていて、例えば表題作の「ブレシアの飛行機」はイタリアのブレシアで行われた航空ショーのルポである。不思議全開の小説群とは異なり、こちらは軽やかで楽しい文章になっている。

施川ユウキバーナード嬢曰く。』(一迅社)/カフカブレシアの飛行機/バケツの騎士』(丘沢静也訳・光文社古典新訳文庫



(ひ)

デイヴィッド・ギレスピー(栗木さつき訳)『サイコパスから見た世界』(東洋経済新報社)

通勤経路に書店がなくなって久しい。
実際に本を手にして購入する機会が減り、ますますネットでポチッとすることの方が多くなってきた。
そういう世情を反映してか、ネット広告にも本の広告が頻繁に現れる。Googleなんかがぼくのネットでの動きを分析して勧めてくるのだろうが、今週しょっちゅう勧められたのが本書。
それなら買ってやろうじゃないの、とポチッと押した。

 

つまらんかった。

(こ)

ルソー『エミール 3』(斉藤悦則訳・光文社古典新訳文庫)

憲政史上初の女性総理が誕生し、また歴史ある女子校についての大きなニュースがあったタイミングで、この本を紹介するというのは一体何の因果だろうか。斉藤悦則訳・ルソー『エミール 3』。光文社古典新訳文庫版の最終巻である。

これまで男性の教育について論じてきた『エミール』。本書収録の第5編は女性の教育についてのルソーの長々とした説示から始まるのだが・・・いや、これはもう、今の価値観からすると完全にアウト。なんかもう、読み進めるのをやめようかと思っちゃうくらいの女性差別的な言辞が続く。

これを「ルソーも結局、18世紀の人間だから」と切って捨てるのはたやすいかもしれない。しかし、この箇所のモヤモヤをどう昇華させるのかは、我々に向けられた課題と言ってもいいのだろう。

本書の冒頭には差別的言辞に関する「訳者のおことわり」が設けられ、巻末にも編集部からの同様のおことわりが設けられているほか、巻末解説や「訳者あとがき」でも細心の配慮が加えられている。『エミール』のこの部分、なかなか扱いがやっかいである。

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さて、かなり読み進んだところで、ようやくソフィーが登場(131頁)。主人公・エミールにとっての運命の女性である。ルソーは嬉々としてその理想的ともいえる人物像を語っていく・・・のだが、いやそんなピュアで都合のいい女性なんておらんやろ、とツッコミを入れたくもなるところ。

やがてエミールはソフィーと出会い、そしていい感じになっていく。ああ、このまま結婚してハッピーエンドかぁ・・・とか思っていたら、ルソーが突然、エミールにこう言う。

「君は、ソフィーと別れなければなりません」(322頁)

ルソー、あんたは鬼か(笑)。

激怒するエミール(当然であろう)に対し、ルソーはその理由を切々と解く。要するに、エミールはまだ未熟であり、結婚までに欧州各国を旅して様々なことを学ばなければならない、ということらしい。そうならそう言えばいいのに、まあ少しの旅なら仕方ないか・・・と思っていたら、旅の期間は「2年」とのこと(332頁)。相思相愛の男女を2年間も引き離すルソー、やっぱり鬼だ(笑)。

その後、「日本」が出てきたり(340頁)、唐突に「社会契約論」の講義が差し挟まれたりしながら(364頁~)、最後は無事にハッピーエンドで幕を下ろす。「終わり」の文字が輝いて見える。

このルソー『エミール』、教科書的には「消極的教育論を提唱した教育理論書」なのだろうけれど、全然それにとどまらない。人生論の本でもあり、政治哲学書でもあり、小説でもあり、ルソーが思うがままを書き連ねたエッセーのようでもある。何とも不思議な作品であった。

ルソー『エミール』(全3巻/斉藤悦則訳・光文社古典新訳文庫)ほか


(ひ)

手島純編著『通信制高校のすべて』(彩流社)

どれくらいの方がご存知かわかりませんが、京都の高校でちょっとした大きめの動きがありまして、微妙に当事者なもので、それなりに刺激的な1週間でした。

 

この10年の高校を取り巻く情勢を自分なりに整理すると、
(1)予想を上回る勢いで子どもが減った(子どもが消えていく)
(2)コロナ禍でオンライン授業が導入され、一定のインフラ整備が進んだ
(3)無理に登校することが求められなくなった

この(2)(3)の結果として起きたことが、通信制高校の爆発的な普及である。コロナ前は高校生の30人に1人だった通信制高校在籍者数は、今や10人に1人に迫ろうとしている。
全日制高校に通えなくなった生徒が通信制高校に転学するだけでなく、中学を卒業生してそのまま通信制高校に進み、たとえばプロゲーマーをめざしたり、スポーツ選手として活躍したり、中には通信制高校高校野球部でひたすら練習に明け暮れて実際に甲子園に出場するチームも出てきている。

とまあ、この10年の高校教育をめぐる大きな変化のひとつである通信制高校について、9人の研究者や関係者が書いたのが本書である。「いつでも、どこでも、だれでも」学べる教育機関として、これからもますます発展していくことでしょう、という内容であって、実際にはそこまでいいことずくめでないというのは知っているけれど、ともあれ、これからしばらくは、通信制に通う(全日制から通信制に移る)生徒は増えて続けることだろう。

コロナ禍の3年間は、子どもたちから集団生活の機会を奪った。この代償は計り知れない。

(こ)

またまた秋のコミック6選

光文社古典新訳文庫版・ルソー『エミール』の最終巻を読み始めたが・・・これ、とんでもないな。
ということで、今週は10か月ぶり!のコミック6選!!

熊倉献『ブランクスペース補遺』(ヒーローズコミックス ふらっと)

以前紹介した『ブランクスペース』。高校生のショーコとスイの「空白」をめぐる物語である。知る人ぞ知る、漫画界に降り立った純文学のような作品であったが、2022年発売の第3巻をもって完結した。

そうしたところ、今年になってスピンオフ短編集が発売!

どこか懐かしさのある絵柄と、すこし不思議な世界観。それぞれどこか「生きづらさ」を抱えた登場人物たちの物語は、スピンオフというにはもったいないくらい濃密である。

最終話の「#5 あの街」はカーテンコール的な作品。こういうの、いいなあ。

熊倉献『ブランクスペース 全3巻』『ブランクスペース補遺』(ヒーローズコミックス ふらっと)

(漫画)暁月あきら・(原作)青崎有吾『地雷グリコ』(ヤングアニマルコミックス)

青崎有吾の小説『地雷グリコ』はすごかった。表題作「地雷グリコ」から始まる、高校生・射守矢真兎(いもりや・まと)が挑む頭脳戦の数々。その年の本格ミステリ大賞日本推理作家協会賞だけでなく、山本周五郎賞まで獲得し、ついには直木賞の候補作にまでなってしまった。

その『地雷グリコ』がコミカライズ。これは読まないと。

まずは神社の階段でくり広げられる「地雷グリコ」戦。ジャンケンの結果に応じて「グリコ」「チヨコレイト」「パイナツプル」の数だけ階段を上がるが、それぞれ3か所まで「地雷」を設置することができる――。

想像するしかなかった頭脳戦が、ビジュアルな形で提示されるというのは新鮮である。っていうかこの小説、本当にコミカライズに適している。

現在2巻まで刊行。それにしても、この表紙、ちょっと買いづらい・・・。

(漫画)暁月あきら・(原作)青崎有吾『地雷グリコ』(ヤングアニマルコミックス)

(原作)宮島未奈・(構成)さかなこうじ・(作画)小畠泪『成瀬は天下を取りにいく』(バンチコミックス)

コミカライズといえばこちらも見逃せない。『成瀬は天下を取りにいく』。

宮島未奈のデビュー作にして大ヒット作、そして本屋大賞受賞作のコミカライズ版である。

こちらも頭の中で想像するしかなかった世界が、ビビッドに目の前に現れる。「島崎と漫才するのは楽しかった」と言う時の成瀬の表情がすごくいい。あと、坊主頭の成瀬は結構強烈。

原作と同じく、基本的に成瀬以外の登場人物の視点で物語は進むが、最終話「ときめき江州音頭」のみ成瀬の視点で成瀬の心情が語られる(これも原作と同じ)。ああ、いい話だったな・・・と浸っていたら、何と続編の『成瀬は信じた道を行く』も2026年からコミカライズされるという。これは楽しみ。

(原作)宮島未奈・(構成)さかなこうじ・(作画)小畠泪『成瀬は天下を取りにいく』(バンチコミックス)

いしいひさいち『ROCA コンプリート』(ジブリコミックス)

いしいひさいち自費出版「ROCA」シリーズが、ついに単行本に!

ポルトガルの国民歌謡「ファド」の歌手を目指す高校生・吉川ロカと、その同級生・柴島美乃の、ちょっぴり切ない物語である。

「吉川ROCA ストーリーライブ」「花の雨が降る」「金色に光る海」からなる本作。多くは4コマや8コマの漫画で構成されるが、「金色に光る海」はめずらしく2~3頁程度の短編が中心で、結構新鮮である。

「泣ける、いしいひさいち。」とのオビの言葉に偽りはない。どれもこれも、一編の映画のようである。

学生時代、いしいひさいちばかり読んでいた時期があった。『ドーナツブックス いしいひさいち選集』を買いそろえ、繰り返し繰り返し読んでいた。本書を読んで、久々に当時を思い出した。

いしいひさいち『ROCA コンプリート』(ジブリコミックス)

三都慎司『ミナミザスーパーエボリューション』(ヤングジャンプコミックス)

ぱっとしない日常を過ごしていた高校生のミナミ。ある日、超能力が開花して――。

『新しいきみへ』で強烈な印象を残した三都慎司さんの新作である。主人公は超能力に目覚めてしまった女子高生だが、彼女自身の過去にも何だか謎がありそう。

綺麗で読みやすい絵柄は今回も健在。特に本作で鍵となる「水」の描写が美しい。まだ第1巻が出たばかりであり、ストーリーがどういう方向に進むのか、いい意味で先が読めない。いろいろ期待できそうである。

三都慎司『ミナミザスーパーエボリューション』『新しいきみへ 全6巻』(ヤングジャンプコミックス)

(漫画)石田あきら・(原作)駄犬・(キャラクター原案)toi8『誰が勇者を殺したか』(カドコミ)

最後はこちら。以前紹介したライトノベルのコミカライズである。『誰が勇者を殺したか』。

「勇者は魔王を倒した。同時に――帰らぬ人となった。」

小説の構造上、コミカライズは無理じゃないかとも思っていたが、果敢にもこれに正面からチャレンジしている。「関係者へのインタビュー」+「断章」という独自の構成もそのまま。その分、文字が多くなっているが、かえって原作の雰囲気を損ねずにビジュアル化できている。

なお、原作小説は3巻まで出た。こちらもなかなか。

(漫画)石田あきら・(原作)駄犬・(キャラクター原案)toi8『誰が勇者を殺したか』(カドコミ)


(ひ)