井口淳子・山本佳奈子編『ファンキー中国 出会いから紡がれること』(灯光舎)

今夏、初めて中国に行くので。
13人の日本人による私的中国体験記で、大友良英さん以外はほぼ無名の日本人(だと思う)。大友さんにしても、「あまちゃん」の音楽で有名になったが、もともとは即興とかノイズとかやっているマイナーな音楽家だった。
生活に根差した話題ということで、やはり食べ物の話が多い。なにせ、一緒に飲み食いするのが仲良くなる一番の近道である。大友さんのように「くだらない話」で盛り上がれたら、もっといい。
意外だったのが表現への欲求である。現代アート、「ないないづくしの音楽」と呼ばれる即興音楽、映画、公園で踊りまくるオジサン・オバサン。さらにTikTokには「農村のおじさんがただむしゃむしゃと食事をするだけの動画」が無数に投稿されているという。


この本は「中国」とか「中国人」といった大きな主語を避けている。

例外が沖縄の音楽家の宮里千里さん。1960年代末、北京放送局の短波ラジオで「沖縄がアメリカ・日本から独立すれば、釣魚島を沖縄の領土と認める」というメッセージが流れていたことを回想する。
琉球は明や清に対して300回近く朝貢し、政治的なバランスをとりつつ経済活動を活発に行っていた。中国から侵略を受けたことはなく、どちらかというとポジティブな印象を抱いているという。
日中国交回復と沖縄本土復帰はともに1972年(偶然?)。沖縄訪中団が組織され、宮里さんの父親は副団長、迎える中国側のトップは鄧小平国家副主席だった。それくらい沖縄は重視されていたのである。
宮里父は鄧小平に「小國之大勢 弱即久存 強即速敗 琉球之俗 頗諱言兵」(小国が生き残るための原則は、弱小であればこそ長く存続でき、強大になろうとすればかえって急速に滅びることである。琉球の人々の風習は、戦争や武力を語ることを非常に忌み嫌う。)という先人の詩を披露する。
「好、好」と応えてくれるものと確信していたが、「あれは昔の話です」とあっさり否定され、明や清とは違うことを感じ取ったという。

まあ、あまりそういうことは考えずに楽しんできたいですね。

(は)

赤川次郎『あしたの寄り道』(講談社文庫)

気が付けば今度の水曜日に直木賞の発表! 今回はまだ1作も読めていない・・。
当ブログで何度かご紹介した凪良ゆうさんも候補者のお一人。今度こそ栄冠に輝くか!?

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講談社が講談社文庫55周年を記念して、550円で読める文庫本の企画「STORY IN POCKET」をスタートさせた。有名作家の短編作品を編み直して刊行するという。

第1弾は東野圭吾さんと赤川次郎さん。

赤川次郎さん、久しぶりだなあ。中学生くらいの頃はかなり読んでいたが、その後ぱったりと読まなくなった。久々に読んでみるか、ということで読んでみた。『あしたの寄り道』。

珠玉のショートショートミステリーがぎっしりと詰まった、アンソロジーである。

何気ない日常、あるいはちょっとした物語。それが終盤で、場合によっては最後の1行で「真実」が明らかにされ、世界が変わる。

収録されている作品の大半は、1987年刊行の短編集にあったもの。今からほぼ40年も前の作品だが、意外と古さを感じさせない。・・・そう思って読み進めていたら、逆に時代の差を強く印象づける作品もあった(「お札くずし」)。これ、あえて入れたな(笑)。

最終話「十字路」は、本書のための書き下ろし。まだまだお元気である。


(ひ)

村上春樹『夏帆』(新潮社)

「ところで、なぜ君は今日に限って村上春樹を手にしようとしたんだい?」と武蔵境の狸は尋ねた。「いつもなら無料駐車券のためにビールか米を買って、そのまま車に戻っていたはずだ」
 ぼくは狸の目を見つめながら返事をしなかった。それが返事だった。そして実際にそこに大した理由はなかった。
 その話は夏帆がモーターサイクルの男に出会うところから始まる。
「いいですか、あなたは武蔵境に越さなければなりません」
 アマゾンから来たありくいの夫婦に促され、夏帆はジャガーを退治することになるのだが、それはまた別の話だ。ただ、母がシロアリの女王に乗っ取られてしまったことだけは、ここに書いておかなければならない。夏帆は夢の中の現実として「とくべつな」刃物を手に、守護聖人のスカーレット・ヨハンソン(それは猫なのだが)に導かれてシロアリの女王に立ち向かう。
 そうだ、新小岩の叔父の言った通り、武蔵境にはきっと狸がいたのだ。
 ぼくはそっと本を閉じた。この感覚は『海辺のカフカ』以来だろうか。

(こ)

猪飼周平『病院の世紀の理論』(有斐閣)

イヴァン・イリイチの『脱病院化社会』からのつながりで。
「病院の世紀」とは20世紀のことで、21世紀が「脱病院の世紀」であることも含意している。


疾病の治療が大きく進歩したのは20世紀、主な治療の場は病院であった。当然、市民は病院に大きな信頼を置くようになった。
一方、単に疾病が治癒しただけでは「健康」にはならず、苦痛や障害が残ることも少なくない。治療以外、たとえばリハビリテーション、疾病予防、介護、緩和ケア、生活支援などの占める割合が拡大してきた。そして、後者の主な場は自宅や介護施設である。 

筆者の認識では、現在、各国の医療システムは、徐々にではあるが確実に、健康戦略を担う中核的システムから、予防・医療・介護・居住など生活の質=健康を決定するいくつものサービスからなる大きなネットワークの結び目の1つとしてのサブシステムへと後退しつつある。とするならば、われわれは現在、およそ1世紀ぶりの医療システムに関する大きな移行期に差し掛かっている可能性がある。(p51)

本書では、医療提供体制を英国型、日本型、米国型という3つに分類する。
専門医と一般医が分離されている(身分原理)のが英国型。専門医は病院に、一般医は診療所にいる。他の欧州諸国もこのパターン。
病床を医師が所有する(所有原理)のが日本型。日本は歴史的に開業医が開設した私立病院の比率が高いのである。プライマリ・ケアと専門医療が混在する。日本以外では韓国と台湾がこのパターン。
専門医と一般医が分離せず、医師が病院から病床を借りて治療を行う(開放病床)のが米国型。これは米国だけ。

日本の医療システムには設計思想が欠如し、集約化や機能分化が進んでいなかった。それがかえって、パフォーマンスは良かったのである。
しかし、病院の所有と経営が分離しなかった結果、病院と病床が膨らんだ日本型は、「病院の世紀」の終焉で最も大きな変革を要する。

現在、従来からのさまざまな課題、たとえば病床削減(1床減らすと410万円出すと言ってます)や機能分化、診療報酬体系の是正、かかりつけ医制度などがようやく進み始めた。しかし、それを上回るスピードで進んでいるのが超高齢者(85歳以上)の増加と生産年齢人口の減少である。どうなることやら。

 

(は)

 

吉村武彦『ヤマト王権』(岩波新書)

河内春人『継体天皇』が面白かったので、もう少し幅広く、ヤマト王権がその権力を確立していく過程を知りたいと思った。そこで読んでみたのがこちら。吉村武彦『ヤマト王権』。

岩波新書から出ている「シリーズ日本古代史」の第2弾である。

ヤマト王権は4世紀前半に成立したと想定され、律令国家が形成される7世紀後半まで存続した王制の政治的権力機構である。しかしながらその文字史料は極めて少ない。本書はそのわずかな文字史料に中国の歴史書や後代の史書、考古学資料を手掛かりにして実像に迫るものである。

「謎の4世紀」という言葉があるように、ヤマト王権の成立時期やその過程は謎が多い。その中で何とか実像に迫ろうとする研究者の方々の努力には、頭が下がる。

巻末の「おわりに」では、「今後の古代史のあり方」についての個人的展望が述べられている。古代史における「文献史料」と「考古学資料」の研究分野については、それぞれ別の教育課程のカリキュラムで学んできた研究者が大半であって、「共同研究を進めるには、相当の努力が必要になる」、「建設的な相互批判が必要である」という(189頁)。こういうご指摘、なかなか見ないだけに貴重である。


(ひ)

小林哲夫『予備校盛衰史』(NHK出版新書)

無事に帰還いたしました。(は)せんせい、大先生、ありがとうございました。

 

タイトルの通り、本書は予備校について、雑誌の記事や広告などを丹念に拾い上げながら、明治の草創期から、戦後の拡大期を経て、第2次ベビーブーム世代が通過した爛熟期、そして現在、未来へと時系列を追いながらその歴史をたどる。近畿予備校、関西文理学院、大阪北予備校、YMCA予備校・・・あったなぁ。そんな各地にあったローカルな予備校が次々と閉校し、三大予備校も今や駿台と河合だけになってしまった。
これを縦糸としながら、横糸には「予備校文化」を持ってくる。学校とは違う形で、学生たちは生き生きとした「知」に触れる。ただ「予備校文化」についての記述がかつての名物講師の紹介になってしまっているところが、もったいない。

「爛熟期」の予備校を横目に見ていた世代からすれば、予備校はずいぶんと変わった。そもそも少子化にもかかわらず大学入学者数は増えているのだから、浪人生自体が激減している。そして高校授業料無償化政策は、予備校に通うなら現役で大学進学し、その浮いたお金で留学する方がいいという判断を後押ししている。模試でちょっといい成績を取れば簡単に特待生になれるような時代ではなく、面倒見のよさを売りに生徒を集めている。さらに、乱立する塾との現役生の取り合いも熾烈である。

今の予備校は、まるで体育の時間と学校行事のない高校のようだ。かつては、学校以外にも家庭には家庭の、地域には地域の、そして予備校には予備校の、価値があって教育があった。もっと教育の形が柔軟だった。そして、高校とは違う、また大学とも違う、アウトロー的な知のあり方が醸し出したものがきっと「予備校文化」だったのだろう。実際に大学を出て、研究室にも残らず企業にも就職しないで、予備校に勤めるという選択肢があった。

著者の小林哲夫氏は、教育ジャーナリスト。『大学ランキング』を編集したり、古い雑誌を読み込んで受験関係のランキングなんかの変遷をたどったり、いろんなことを広く調べて書くのが得意な人である。その背後にある社会構造まで踏み込んで語ってくれるとおもしろいのだが、それをやられては社会学者の出番がなくなるから、残しておいてくれたのだろうか。

(こ)

河内春人『継体天皇』(中公新書)

(こ)先生がご不在ということで、代わりにもう1冊。河内春人『継体天皇』(中公新書)。

6世紀初頭、ヤマト王権の招聘によって北陸の有力豪族が即位した。継体天皇である。本書はその継体天皇について、最新の研究成果等も踏まえながら論じた意欲作である。

当時のヤマト政権の内部には、大王を排出する王族集団が複数存在しており、そのため必ずしも大王の子孫のみがこれを継承していたというわけではなかった。そこに登場したのが後に「継体天皇」と称される人物である。以後、大王位の継承はその子孫に限定されるようになり、「複数の王族集団の中から適任者が即位する体制」は終わりを迎えた。

まさに歴史の転換点ともいうべき継体天皇について、「古事記」「日本書紀」にとどまらず、他の史料や史跡も積極的に活用しながらその実態に迫ろうとした本書。大陸との交流や、九州における磐井の乱なども交えながら、その歴史的意義を紐解いていく。

中学・高校の時の日本史の先生は、折に触れ、教科書にほとんど載っていないようなテーマを取り上げ、深掘りして講義されていた。継体天皇もその一つであり、知的好奇心を随分くすぐられたのを今でも覚えている。


(ひ)