松本敏治『自閉症は津軽弁を話さない』(角川ソフィア文庫)

 きっかけは、特別支援教育とその研究に携わってきた研究者の夫と、臨床心理士として現場で働く妻と間で交わされた会話の、何気ない一言だった。
「あのさぁ、自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ」(妻)
 夫は即座に否定する。妻は常識だという。調べてやる!、とタンカを切った夫は、その後、調べれば調べるほど深まる謎にはまっていくことになる。

 本書はハードカバーで専門書として出された書籍を文庫本化したものであり、さらにその元は何本かの学術論文がベースとなっていると思われる。一般書とするにあたって情報量をそぎ落としつつ、表現を簡単にしているので、逆にわかりづらくなっているところが散見されるが、これは仕方あるまい。

 青森・秋田に始まったASD家族へのアンケート調査は全国に拡大し、言語獲得メカニズムにおける言語学やコミュニケーション理論の援用を踏まえた考察の末に、筆者はその原因を、ASDの子どもたちは周りの大人たちの模倣によってではなく(言外のメッセージを受け取ることができないので)、テレビや映画のキャラクターのせりふの暗記と応用によって言語を獲得するからだと考察する。

 結論は、「自閉症ASD自閉スペクトラム症)児者は「方言」を話さない」というもので、夫の完敗である。妻はホタテを肴に地酒に酔いながら、勝利宣言を下す。
「したはんで、言ったべさ」

 問いを立て、仮説を立て、データを集め、分析し、考察し、次の問いを立てて分析と考察を進める、という、学問の基本に忠実な考察である。
 『銃・病原菌・鉄』といい、『日本アホ・バカ分布考』といい、良質な問いを丁寧に検証して書かれた論考は、読んでいて気持ちいい。 

(こ)