OBの先生(数学)と話していて、この本読もうと思ってるんだけど・・・と言われたのが本書。感想聞かせて、と言われたので、去年買って斜め読みして積んであったのを読み返す。
著者は人類学の先生。グッドマン教授はオックスフォードの先生で、その指導生が訳者の石澤麻子氏、そして彼女の父でありグッドマン教授の同僚でもある苅谷剛彦氏が解説を寄せている(ちょっと過剰サービスという気もするが、親心なんだろうなぁ)。
20年ほど前、少子化で日本の大学は潰れる!、とあちこちで叫ばれていた。しかし実際には、想定されたほどには大学は減っていない・・・どころか増えている。それはなぜか。この問いを、日本の大学の「同族経営の多さ」によって説明しようとしたのが本書である。
本書のもうひとつの(隠された)問いは、なぜこの問いを日本人研究者には立てられなかったのか、ということである。日本社会(あるいは日本の大学の中)にいればあまりに当たり前すぎて、新たな発見と見なされず、学術的な価値を与えられないようなことが、実は大きな問いであり、あるいは問いを解くための優れた鍵である、ということは、しばしばあることである。
「ブレーデン&グッドマンは、前近代的とされた同族経営の持つ変化に際しての強さ(レリジエンス=しなやかさ、回復力)について検証したものです。
ケースはMGU(ぶっちゃけOGUです)の1つだけなので、エスノグラフィとしてはおもしろいのですが、比較研究となるとちょっと強引さも目立ちます。ただそのあたりの記述のうまさは、さすが人類学者です。
教育学の本として読むと、うまく咀嚼できないかと思います。たぶん、医療法人や老舗なんかと比較して考えたら、腑に落ちるところも多いかと思います。
京都私学における同族経営としては、たぶん洛陽総合、京都翔英あたりはそうなんでしょうが、なかなか思い浮かびません。同書によれば日本の大学の4割が同族経営だとなっていましたが、ほんとうなんでしょうか。」
・・・というコメントをメールで送った。ただ、返ってきたメールから推察するに、きっとこの本を、人類学的なエスノグラフィとしてではなく、日本の大学についてのルポルタージュとして読んでしまったのだろう。事例についての描写は仮説を検証するために十分と思われる量にあえて絞り込んでいることが、教育書として期待して読んだ人にはピンとこないんだなぁ。
(こ)