ドストエフスキー『罪と罰』(亀山郁夫訳・光文社古典新訳文庫)

今まで読んでいなかったことに引け目すら感じていたが、ようやく読むことができた。ドストエフスキー罪と罰』。

ペテルブルグの粗末なアパートに住む青年・ラスコーリニコフ。「選ばれし者は、人を殺す権利を持つ」との自らの信念に基づき、金貸しの老女を殺害するが――。

偶然が招いた「もう一つの殺人」と、ラスコーリニコフの中で生じた罪の意識。本作は、ラスコーリニコフの苦悩に焦点を当てつつも、貧困がもたらす不幸、アルコールに溺れる父とその家族、そしてキリスト教の信仰のあり方など、社会的・哲学的なテーマを複合的に描く。

本作でスポットライトが当てられるのは、ラスコーリニコフ1人ではない。彼を取り巻く実に多くの登場人物についても、丁寧に描写がされ、さながら群像劇のようでもある。

本作のヒロインともいうべき娼婦・ソーニャ。ラスコーリニコフの母・プリヘーリヤと妹ドゥーニャ。友人のラズミーヒン。ラスコーリニコフと心理戦を繰り広げる予審判事・ポルフィーリー。ソーニャの父・マルメラードフとその後妻・カテリーナも印象深い人物であるし、ラスコーリニコフの故郷の紳士・スヴィドリガイロフは様々な点でラスコーリニコフと対照的である。

他にも女中のナスターシャ、ドゥーニャの婚約者・ルージン、医師のゾシーモフ、警察署事務官のザメートフなどなど、どの登場人物も個性的で、なおかつそれぞれの「人生」を抱えている。

解釈について、誰かと議論したくなるような本でもある。あえて断定せずに幅を持たせている箇所も少なくない。例えばスヴィドリガイロフの妻・マルファの死。これは果たして病死なのか、それとも他殺なのか。

複雑な構造を持つ作品でありながら、破綻することなく、読者を最後まで惹きつける。当たり前かもしれないが、読み応えは十分にあった。さすが時代を超えて読み継がれるだけのことはある。

ドストエフスキー罪と罰』(亀山郁夫訳・光文社古典新訳文庫


(ひ)