カレン・チャン(古屋美登里訳)『わたしの香港 消滅の瀬戸際で』(亜紀書房)

 植民地香港が中国に返還されたのが1997年。一国二制度を標榜し、50年間は現体制が維持されるはずであったが、2014年の「雨傘運動」、2019~20年のデモを経て、香港国家安全維持法のもとでデモは制圧され、香港は大陸に吸収された。

 著者は1993年香港生まれ。本書は、彼女の半生を通して、あるいは彼女を取り巻く人々を通して、変わりゆく香港を描いたノンフィクションである。

 彼女の日記がベースになっているので、複雑な家庭事情のことや、友人との会話、近所の人たちの暮らしぶりなど、香港市井の人々のようすが赤裸々に描写される。人間ひとりひとりのやること考えることは今も昔も大して変わらないのに、香港社会が土台から揺れ動き、ついにデモが鎮圧され、コロナによって社会は激変する。本書は彼女の成長の記録であるとともに、自由な香港社会の死への記録でもある。

 ブレイディみかこ氏のイギリス生活エッセイが、息子さんを介してどこか温かみを帯びて伝わってくるのに対し、本書は最初から最後まで冷え冷えとしている。猥雑な香港のイメージとはまったく違う筆致は、静かな映画を1本見終わったようだった。

 なお、香港について体系的に書かれたものは以外と少なくて、岩波新書『香港』は画期的であった。ただしこれも雨傘運動までで終わっており、著者の張さんは事実上の政治亡命によって日本の大学に移っている。

(こ)