最相葉月『セラピスト』(新潮文庫)

 仕事で精神科の先生と長時間話をする機会があった。いろいろと資料を見せてもらいながら、生徒のことでいろいろと相談させていただいた。ぽつりぽつりと紡ぎ出される言葉は決して断定的ではないのだが、そこからは、その柔らかい物腰とはまったく対照的な、観察と経験にもとづく強い意志が端々から感じられた。

 そんな折に本書に出会った。海のものとも山のものともつかぬ「セラピスト」が街中にあふれていることに不信感を抱いた著者が、セラピストなる職業に迫るドキュメンタリーである。日本における精神分析心理療法の発展の歴史を半世紀にわたってさかのぼりつつ、セラピストや元クライエントの今の語りと行ったり来たりする。そして実際に彼女が5年かけて自らカウンセリングの世界に足を踏み入れる過程で、次第に彼女の「自分語り」のウェイトが増していく。本書はセラピストについてのノンフィクションであると同時に、最相葉月というひとりの人間の自己開示と寛解の物語でもある。

 人の心はわからない。しかし人は心で生きている。人を信じて人に寄り添い向き合う仕事。それがセラピストというものなのだろう。

(こ)