向田邦子『父の詫び状』(文春文庫)

再び,ブルボン小林『あの人が好きって言うから…有名人の愛読書50冊読んでみた』から。今回は有働由美子の愛読書として取り上げられた,向田邦子『父の詫び状』。やはり,名前は知っているけれど,読んだことのなかった本である。

・・・これは,ある意味,エッセイというものの一つの完成型かもしれない。

どの話でも良いのだけれど,例えば表題作にもなっている「父の詫び状」。書き出しは,いきなり,

「つい先だっての夜更けに伊勢海老一匹の到来物があった。」

である。読点なしの一行。えっ?伊勢海老?何?誰から?……などと思っているうちに,一気に向田邦子ワールドへ誘いこまれる。そして,友人からいただいた伊勢海老の話から,猫の話,マレーネ・ディードリッヒ,玄関……と話題がくるくる展開したあと,玄関つながりでいよいよ子供のころの思い出に入る。厳しい父。ドブロク。父が自宅に招いた大勢の客。そしてその翌朝――。「父の詫び状」という言葉に込めた作者の意図が,じんわりと伝わる。

ここまでわずか,10ページあまり。珠玉,という言葉がよく合う。

働く女性のパイオニアにして,自らの才覚で時代を切り開いた脚本家・向田邦子。エッセイもまたパワフルで,かつ繊細。様々な人に支持されるというのもうなずける。

解説は沢木耕太郎。これがまた,ね。


(ひ)