今村翔吾『海を破る者』(文藝春秋)

本作の主人公は、伊予河野氏の中興の祖、河野六郎通有である。
通有の親族にあたるのが、一遍(別府通秀)。なぜ通秀は武士の身分を捨てて踊念仏を始めたのか・・・物語はそこから始まる。海の向こうでは高麗が元に服属し、大国・宋が滅ぼされた。そして次は日ノ本を狙っていることは間違いない。そのような時代に、かつての名門でありながら没落した河野氏の若き当主となったのが、六郎である。

ストーリーはとてもわかりやすく、あまり脚光が当てられることのない西国御家人の暮らしや蒙古襲来での活躍ぶりが詳細に描かれたのは、新鮮であった。

ただ、ちょっと「?」となってしまうのが、ふたりの解放奴隷の繁と令那のキャラクター設定が最後までしっくりとこなかったところと、合戦シーンがどうにも緊迫感がない。通有はほんとうに「いい人」過ぎるくらい「いい人」として描かれるのであるが、九州防衛の任に就いた鎌倉武士たちは、モンゴル人もびっくりするくらいのバーサーカーぶりを発揮したというのに、これでは世界最強の元軍に対して絶望的な数的不利に立たされても希望を捨てずに立ち向かう西国武士たち、という旧来のイメージを拭い去ることはできないままに終わってしまった。

なお、竹崎季長が、弘安の役での決死の突撃を前に、通有に「いつか絵巻物にお前の活躍を載せてやるよ」という約束をするのだが、ほんとうに「蒙古襲来絵詞」にちょこっとエキストラ出演しているという。

(こ)