松沢裕作『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』(岩波ジュニア新書)

 先日、風呂なしアパートで暮らす「持たない」生活、という特集があって、目を疑った。何をどう逆立ちしても「貧しくなった」からなのだ。そこそこ働いてそこそこの暮らしができた「戦後日本」は音を立てて崩れ、がんばってもがんばって、それでもダメなら努力が足りないからといわれる、そんな時代になったのだ。

 日本はどこへ向かうのか。本書は日本社会の行く末を、明治社会に見る。

 明治という時代は、むき出しの資本主義に個人がさらされた時代であった。村請制度があった江戸時代には、連帯責任がいいか悪いかは別として、なんだかんだと共同体で支え合わざるを得ないシステムが機能していた。明治になって、地租改正により個人個人が納税者となった。それでも明治政府には金がない。そこで明治政府は、徹底した自助努力を求めた。これが道徳化されたものが、松丸良夫のいう「通俗道徳」である。つまり、人が貧困に陥るのは、その人の努力が足りないからだ、という考え方が社会全体に広まることで、特権を持つ者は自らの地位を正当化し、貧困問題に対処をする義務も責任も負わなくてよくなるのである。

 今、この国で起きていることは、そういうことではないか。

 不安を抱えた個人は「大きなもの」への同一化によって己の弱さを感じなくしようとする。そのあとにやってくるものは、全体主義超国家主義、なのかもしれない。

(こ)