NHKスペシャル取材班『ルポ 中高年ひきこもり 親亡き後の現実』(宝島社新書)

 今週いちばん衝撃を受けたのがこの本だった。

 本書は2020年11月に放送されたNHKスペシャル「ある、ひきこもりの死 扉の向こうの家族」の制作スタッフが、取材過程を文章化したものだ。物語は神奈川県の50代の男性の衰弱死から始まる。彼をなんとか支援しようとする行政の担当者の差し伸べる手をふりほどき、彼は命の灯を消した。あまりの衝撃に読みながら息ができなくなった。
 その後、番組ホームページや関連する動画アーカイブを見たり、類書を手にしたりして、この1週間を過ごした。

 中高年のひきこもりは、児童生徒のひきこもりとは別のメカニズムが働く。「仕事」がうまくいかずに心身が壊れたとき、「地域」ともつながれず(あるいは地域に仕事をしていないことを知られたくなく)、「福祉」に頼ることは恥ずかしいことで申し訳ないことだとすると、残る選択肢は「家族」しかない。
 たとえばここに「宗教」があればどうなったのだろう。「趣味の世界」があればどうなったのだろう。つながれる可能性は残ったのだろうか?
(宗教に関していえば、日本と違って成人になれば子どもが家を出ていく欧米の文化では、社会に適応できなかった大人は若年ホームレスとなるのだそうだ。斎藤環『中高年ひきこもり』)

 そしてこの読後感は、湯浅誠『反貧困』と同じだ。中高年ひきこもり問題は、この国のこの社会の「貧困」のひとつのあらわれでもあるのかもしれない。

 

 実は、うちの親類にも「8050問題」(80代の親が50代のひきこもりの子の面倒を見る問題)がある。家族が抱え込んでどうにもなっていない。その兄弟たちはその日が来たとき、おそらく何もできないだろう。そのとききっと、自分に声がかかる。だから自分もいずれ、この問題の当事者とならざるを得ない・・・。

 何だか、救いの見えないまま、心の中に澱だけが残った今週の読書であった。

www.nhk.or.jp

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(こ)