榎村寛之『謎の平安前期』(中公新書)

どっぷりとハマった平安時代という「沼」。しばらくは抜け出せそうにない。今回読んだのはこちら。榎村寛之『謎の平安前期』。

約400年にわたる平安時代。このうち前期に相当する約200年について論じた本である。

本書に「知られざる平安前期」ともあるように、確かに平安前期というのは印象が薄い。藤原道長とか紫式部とかはおおむね平安時代の折り返し点を超えた、いわば平安後期の人たちである。本書は10のテーマを立てて、この平安前期という謎めいた時期を語りつくす。

各章のタイトルは「すべては桓武天皇の行き当たりばったりから始まった」(第1章)、「男性天皇の継承の始まりと『護送船団』の誕生」(第4章)、「紀貫之という男から平安文学が面白い理由を考えた」(第8章)などと、軽妙で興味深いものが並ぶ。ただし中身はかなりハード。大学受験以来、忘れかけている知識を思い出しながら読み進めていく。

平安前期というのは、奈良時代律令国家・中央集権国家が変革していった時期であった。全国の土地を国有化(班田)して税収を上げる時代から、やがて国衙領と荘園の二重体制からなる「小さな政府」へと変化していった。

筆者によれば、8世紀の日本は、中国の律令制が日本という「新しい国」にどのように適合できるかという壮大な実験であり、「サイズの合っていない、新品の服を着た子どものような律令国家」であったという(266頁)。律令制的支配体制は「日本」という外枠を規定することができたが、その内側では「実体に合わない仕組みをどのように適合させるのか、多様な実験が各階層で行われていた」(267頁)。平安前期とは、まさに変革と挑戦の時代であった。

他方、8世紀には男性とともに国家を支えていた女官の役割が、平安時代に入ると次第に見えなくなり、その名前すら伝わらなくなった。紫式部清少納言は有名であるが、実名すら分かっていない。著者は、王朝時代の女性文学が華やかに発展したのは、女性の活躍する場が増えたからではなく、むしろ宮中で活躍できる場が少なくなり、サロンの中に集約されたためと指摘する。

榎村寛之『謎の平安前期』(中公新書