ジェフリー・ロバーツ(松島芳彦訳)『スターリンの図書室』(白水社)

ハルバースタム、不世出のジャーナリストですよね。

 

 モスクワ郊外のスターリンの別荘には、2万5千冊の蔵書を収蔵した図書室があり、彼は時間をみつけてはそこで過ごした。司書がいてスターリンの指示に従って分類し、ジャンルを問わず、片っ端からめぼしい本を取り寄せた。
 彼は、本に書き込みをしながら読み進めていった。本書はその書き込みを通して、自伝も日記も残さなかった冷酷な独裁者スターリンの思想とその生涯を読み解こうとする試みである。

 とにかく彼は、マルクスレーニンのマニアであり、ありとあらゆることがらを彼の信奉する社会主義理論によって読み解いていった。そして自ら歴史教科書を執筆し、細かく校正の指示を出した。政敵の本にも隅々まで目を通し、論理の瑕疵を見つけては徹底的に攻撃した。書き込みには、青・緑・赤の色鉛筆が使われた。気に入った部分には上機嫌で書き込み、しばしば著者に賞が与えられることもあった。気に入らない本の余白は、彼の「ははは」「違う」「くず」「無意味」「むかつく」という書き込みで埋まった。もっとも、さすがに古典文学まではそうしなかったようだが。

 第2次大戦が終わり、疲れ切った彼はソチの別荘に引きこもり、ひたすら読書をして過ごした。母国グルジアの歴史家を招いて、グルジア史の教科書の中身について質問を投げかけ、議論を楽しんだ。もっともその歴史は、愛国主義の歴史でなければならず、ロシアの一部となることでヨーロッパ的な進歩の道を歩んだことを認めるものでなければならなかった。こうして、彼の膨大な知識によって、暴力と抑圧とイデオロギーがますます強化されていった。

 なお、これまでにも多くのスターリン研究者がこの書き込みに注目し、たくさんの先行研究が出されている。ただし、それらとの違いについては正直わからないとしか言い様がなく、本書のオリジナリティがどこまでなのかは、ここでは留保しておきたい。

 帯には「なぜ「知的な読書家」が無用な血を流したのか?」という問いが立てられている。むしろ知的な読書家「だからこそ」、冷酷に血を流し続けたのだろう。
 「読書と豊かな人間性」という講座が、学校図書館の司書教諭を取得する際に必要な科目としてあるのだが、こういう例もあるということで。

(こ)