ヨルシカが8月にリリースした新曲「老人と海」。タイトルからも明らかなとおり,ヘミングウェイの『老人と海』をモチーフにした曲である。巨大なカジキマグロと命がけの格闘をする海の男――という感じはまったくなく,むしろ和やかで穏やかな雰囲気の漂う曲になっている。まあ,曲自体は良い曲なので,しょっちゅう聞いている。
というわけで,ちょっと懐かしくなって『老人と海』を読むことに。かなり前に福田恆存訳の新潮文庫版は読んでいて,今でも自宅にあるはずなのだけれど,この際なので新訳にチャレンジ。小川高義訳の光文社古典新訳文庫版である。
・・・前に読んだ福田訳とは少し,というかかなり印象が違う。
福田訳の老人は,とにかく大声で怒鳴りまくっていた。それが今回の小川訳では怒鳴らない。むしろつぶやくように,鳥に,カジキマグロに,そしてサメに語りかける。何だかこう,理知的な雰囲気すらある。
福田訳で有名な老人のセリフ「人間は殺されるかもしれない,けれど負けはしないんだぞ」は,小川訳ではこう。
「人間,負けるようにはできてねえ。ぶちのめされたって負けることはねえ」(104頁)
原文では“A man can be destroyed but not defeated.”というのだそうで。福田訳で醸し出されていた殺伐とした空気感は,小川訳には見られない。
そして物語のラスト。僕の記憶の中では,福田訳では哀愁が漂い,悲しみすら感じられたが,小川訳ではむしろ,戦うだけ戦った後の「吹っ切れた」感がある。負けたけれどもすがすがしい,みたいな。これは翻訳の違いなのか,それとも僕自身が年を重ねたためなのか――。
ところで今月リリースされたヨルシカの新曲は「月に吠える」。今度は萩原朔太郎ですか。ヨルシカといいYOASOBIといい,今はブンガクを音楽にすることが流行中なのか。
(ひ)