伊坂幸太郎『ペッパーズ・ゴースト』(朝日新聞出版)

YOASOBIと島本理生辻村深月宮部みゆき森絵都とのコラボ企画が始動!
4名の作家が「はじめて〇〇したときに読む物語」をテーマに小説を書き下ろし,YOASOBIがこれを楽曲にするという。
これは読みたい。ぜひ読みたい。なんなら単行本の発売日に買って読みたい。

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さて。

プルーストを読み続けている間は他の小説に手が出せなかったが,ひとまず「花咲く乙女たちのかげに」まで読み終えたので,久々に現代小説にチャレンジ。読みたい本はいろいろあるのだけれど,やはりこちらにした。伊坂幸太郎『ペッパーズ・ゴースト』。

ちょっとだけ不思議な能力を持つ中学教師・壇千郷(ちさと)。ある日,クラスの女子生徒から「自作の小説を読んでほしい」と言われ――。

これまでの伊坂幸太郎作品のおもしろいところをギュッと詰め込んだような作品である。軽妙な会話。キャラ立ちしている登場人物。ところどころに仕掛けられた伏線。主人公はいつしか「犯罪」に巻き込まれる。

軽めの文体でありながら,取り扱われているテーマ自体は,決して軽いものではない。むしろ本作は,犯罪被害者の想いを縦軸に,ニーチェの思想を横軸に据えた,重厚でチャレンジングな作品でもある。

それにしても伊坂幸太郎は,本当に読者思いの作家である。こうやったら読者は面白がってくれるだろう,とか,こうやったらハラハラしてくれるだろう,というのを常に考えながら作品を書いている感じがする。

ところで,他の作品のキャラクター,今回は出ないのかな~と思っていたら,かなり終わりの方で緑のアイツがワンシーンだけカメオ出演。おぉ,久しぶり~。

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伊坂幸太郎『ペッパーズ・ゴースト』

 


(ひ)

上間陽子『海をあげる』(筑摩書房)

 上間さんはずっと若年貧困(とくに女性の貧困)の問題をエスノメソドロジーによって切り取ってきた教育社会学者である。ここ数年は地元沖縄の女性の性暴力に向き合っており、話題となった本も出している。
 彼女の近刊が賞を取ったということで手にしてみた。沖縄の女性の話かと思えば、いきなり冒頭で彼女の学生結婚時代の顛末が語られる。「痛みを受け止める」ということに、彼女がどう向き合ってきたのか。物語はそこから始まる。
 次に話は、彼女の少女時代にさかのぼる。難病で若くして亡くなった妹の話、そのころ祖父母とともに暮らした話、祖父の死、祖母。そして彼女は娘を授かり、その娘の飲む水道水が基地によって汚染され・・・。

 こうして読者は、ゆるやかに現在の沖縄へと誘われてゆく。

 膨大な彼女のインタビューデータと彼女の日常生活とが交錯しながら、沖縄の女性の「痛み」が静かに吐き出される。暴力の前に蹂躙される者の声である。

 そして最後に、辺野古の青い海に、赤い土が投入される。

 「沖縄の『痛み』にあなたはどう向き合うのですか?」

 

 2021年ノンフィクション本大賞受賞作品。

(こ)

プルースト『失われた時を求めて 第二篇・花咲く乙女たちのかげに I・II』(高遠弘美訳・光文社古典新訳文庫)

やっと読み終えた。プルースト失われた時を求めて』の第二篇「花咲く乙女たちのかげに」。

今回もまた,相当な時間を費やした。

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プルースト失われた時を求めて 第二篇・花咲く乙女たちのかげに I・II』

相変わらず濃密な文章が続く。様々な比喩。次々と展開される芸術論。「私」が延々と語るというスタイルは,第二篇になっても変わらない。

この第二篇は「第1部 スワン夫人のまわりで」と「第2部 土地の名・土地」からなっている。このうち第1部「スワン夫人のまわりで」は,前回からの話の続き。10代だった「私」の恋について語られる・・・のだが,いやこれは恋なのか? 一人で勝手にこじらせているだけではないのか? 中二病か? などと突っ込みを入れながら何とか読破。

そして「第2部 土地の名・土地」。書店で見たときにびっくりした。とにかく大部。解説込みで800頁以上。これを読むのか・・・と思いながら少しずつ読み進める。

前回から2年後。「私」は海沿いの避暑地・バルベックに行き,そこでヴィルパリジ侯爵夫人と会い,サン・ルー侯爵と会い,画家エルスチールと会い,そしてアルベルチーヌと会う。・・・という,これだけの話なのだが,とにかく濃密。絵画論,音楽論から人生論,恋愛論まで「私」の思索が次々と挿入される。というか,「私」の思索と思索の間に,時々ストーリーが挟まれる。これはもう,小説というより思想書哲学書と言ってもよいのではないだろうか。

ところでこの終盤に出てきたアルベルチーヌ。彼女は本作のヒロインなのか? それとも多数の登場人物の一人にすぎないのか? あえて全くの予備知識なしに読み進めているので,この後どうなるのか,楽しみである。



(ひ)

グレゴリー・ケズナジャット『鴨川ランナー』(講談社)

 「鴨川○○○ー」といえば、ホルモー一択だったのだが、ここに新しい選択肢が現れた。

 アメリカ人の「きみ」が、高校の時に訪れた京都と日本に魅せられ、英語ネイティブ教員として丹波の町に派遣されてくる。そこで経験する日本は、高校の時に感じたキラキラしたものではなく、「ガイジン」としていることのみ存在を許される、ただただのっぺりとしたものであった。「きみ」は次第に、その中に自らを融かし込んでゆく。その後、東京の大学に就職した「きみ」は、久しぶりに京都を訪れる・・・。

 第2回京都文学賞受賞。
 京都でなければならない必然性は、なさそうで、やはりどこか、ある。
 表題の「鴨川ランナー」ともう1つ福井が舞台の「異言(タングス)」の2本を所収。

 日本語を母語としない作者が文学賞を受賞することが、ここにきて続いている。
 本作もまた、英文学のテイストをベースに、翻訳文学ではない独自の日本語のリズムで、定住アメリカ人という存在を通して、一人称でなく「きみ」という俯瞰した場所から日常の光景を切り取っていく。

 作者は同志社大学に留学し、今は法政大学の先生をしている。専門は谷崎潤一郎。なるほど、どこか艶っぽい文体は、そのためか。

(こ)

ダンダダン!コミック3選!

読書の秋! コミックの秋! コミック3選!
最近コミック紹介をすることが多いけれど,これは決して,『失われた時を求めて』を読んでも読んでも読み終わらないためというわけでは・・・。

 

龍 幸伸『ダンダダン』(ジャンプコミックス

新たな時代の作品か!? 幽霊と,オカルトと,そしてバトル!

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龍 幸伸『ダンダダン』

幽霊の存在を信じる高校生・綾瀬桃。UFOの存在を信じるオタク少年とともに,様々な怪奇現象に立ち向かう――。

ジャンル的にはバトル物ということになるのだろうけれど,とにかく展開が早い。そして濃い。主人公は,普通(じゃないかもしれないけれど)の高校生男女。どちらが主,どちらが従ということもなく,対等な立場で敵に立ち向かう姿に,爽快感すら感じられる。

注目すべきなのはその絵柄。線が太いため粗削りなようにみえて,実はとても読みやすく,またデザイン性も高い。

良い意味で,読者の予想を裏切る展開が次々と続く。まるでジェットコースターに乗っているような気分になる。なお,若干下ネタが多めなんだけど,これはもう,そのうち慣れてくる,というか麻痺してきます。

 

篠原健太『彼方のアストラ』(ジャンプコミックス

宇宙を舞台にした,高校生サバイバルストーリー。『彼方のアストラ』。

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篠原健太『彼方のアストラ』

宇宙への往来が当たり前になった近未来。高校生のカナタら9名は「惑星キャンプ」に旅立つが――。

あちこちで高評価だったので読んでみたところ,想像以上に面白かった。笑いあり,ミステリ要素ありの近未来SFで,読み手を全く飽きさせることなく,ストーリーが進んでいく。連載は既に終了しているが,リアルタイムで読んでいた読者はさぞ楽しかっただろう。

衝撃だったのは第4巻。読んでいて思わず「えっ・・!?」と声が出た。そのあとしばらく忙しくて本屋に行けず,そのため第5巻がとても待ち遠しかったところである。

全5巻という長さもちょうどよく,壮大な映画を見終わったかのような読後感であった。女性キャラの描き方がちょっとアレだけれど,これはもう,そのうち慣れてくる・・かも。

 

ナガノ『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』(ワイドKC)

流行ものなので読んでみた。『ちいかわ』。

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ナガノ『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』

・・・怖い!

一見すると癒し系ほのぼのマンガなんだけれど,実はハードでダークな世界観。理不尽な展開も少なくない。

例えば第1巻の「なんとかバニア」という話。シルバニアっぽい人形をプレゼントされ,大切に抱きしめたところ・・・怖い!

あるいは同じく第1巻の「キメラ」という話。「あはっあはっ・・こんなになっちゃった・・・」 怖い怖い!

もちろんただ癒されるだけの話も多いのだけれど,読んでいて心に残るのはこういうダークな話ばかり。何かこう,心をえぐるような,トラウマを植え付けるような物語である。実際,主人公たちはよく涙する。こんなに涙する癒し系漫画,見たことない。

世界観も独特。主人公たちは労働に励み,わずかな賃金を手にし,そしてちょっとした買い物をしてささやかな物欲を満たす。――これはまさに,僕たちの世界の縮図ではないか!?

とにかく読めば読むほど語りたくなる作品である。しかも何度も読み返したくなる(それもダークな話に限って)。

まあ,なんだかんだ言って,主人公たちに癒されるのは確かである。結局,僕もちいかわのLINEスタンプを購入したりして,ささやかな物欲を満たしている。


(ひ)

NHKスペシャル取材班『ルポ 中高年ひきこもり 親亡き後の現実』(宝島社新書)

 今週いちばん衝撃を受けたのがこの本だった。

 本書は2020年11月に放送されたNHKスペシャル「ある、ひきこもりの死 扉の向こうの家族」の制作スタッフが、取材過程を文章化したものだ。物語は神奈川県の50代の男性の衰弱死から始まる。彼をなんとか支援しようとする行政の担当者の差し伸べる手をふりほどき、彼は命の灯を消した。あまりの衝撃に読みながら息ができなくなった。
 その後、番組ホームページや関連する動画アーカイブを見たり、類書を手にしたりして、この1週間を過ごした。

 中高年のひきこもりは、児童生徒のひきこもりとは別のメカニズムが働く。「仕事」がうまくいかずに心身が壊れたとき、「地域」ともつながれず(あるいは地域に仕事をしていないことを知られたくなく)、「福祉」に頼ることは恥ずかしいことで申し訳ないことだとすると、残る選択肢は「家族」しかない。
 たとえばここに「宗教」があればどうなったのだろう。「趣味の世界」があればどうなったのだろう。つながれる可能性は残ったのだろうか?
(宗教に関していえば、日本と違って成人になれば子どもが家を出ていく欧米の文化では、社会に適応できなかった大人は若年ホームレスとなるのだそうだ。斎藤環『中高年ひきこもり』)

 そしてこの読後感は、湯浅誠『反貧困』と同じだ。中高年ひきこもり問題は、この国のこの社会の「貧困」のひとつのあらわれでもあるのかもしれない。

 

 実は、うちの親類にも「8050問題」(80代の親が50代のひきこもりの子の面倒を見る問題)がある。家族が抱え込んでどうにもなっていない。その兄弟たちはその日が来たとき、おそらく何もできないだろう。そのとききっと、自分に声がかかる。だから自分もいずれ、この問題の当事者とならざるを得ない・・・。

 何だか、救いの見えないまま、心の中に澱だけが残った今週の読書であった。

www.nhk.or.jp

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(こ)

中野耕太郎『シリーズ・アメリカ合衆国史3 20世紀アメリカの夢』(岩波新書)

スターリンソ連にいた時代,アメリカ合衆国はどうだったか。中野耕太郎『20世紀アメリカの夢』。

岩波新書「シリーズ・アメリカ合衆国史」の第3巻である。

本書が扱うのは20世紀初めから1970年代まで。格差や貧困といった新たな問題に直面したアメリカが,その後,巨大な福祉国家へと成長するとともに,他方で二つの世界大戦を経て,「帝国」へと変貌していく過程を描く。

20世紀アメリカの夢。それは,「アメリカ社会から貧困と不平等をなくし,世界の人々にも自由と豊かさを分け与えようという奮闘」(223頁)であった。ニューディールに象徴される社会的な福祉国家化により,この「夢」は達成し得るかにみえたが――。

本書は,1972年のウォーターゲート事件と,これによる政府への疑念,そして福祉国家=「大きな政府」との決別,経済的リバタリアンの台頭というところで幕を閉じる。この後,アメリカ合衆国はどこへ進むのか。「20世紀アメリカの夢」という本書のタイトルが,切なく,はかないものに思えてくる。

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中野耕太郎『シリーズ・アメリカ合衆国史3 20世紀アメリカの夢』


(ひ)