吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第23巻(ジャンプコミックス)

今年一年を振り返るに当たっては,やはりこの作品に触れないわけにはいかないだろう。吾峠呼世晴鬼滅の刃』。

12月4日は最終巻の発売日だった。仕事を終えてすぐに書店に行き,購入。そこから今日までの約1週間の間,何度も何度も読み返した。

もう,言葉にならないくらい。

鬼滅の刃」がなぜこれだけヒットしたのかについては,様々な識者が様々な意見を披歴しているので,ここでは繰り返さない。ただ,とにかくこの作品が,面白くて,切なくて,はらはらして,可笑しくて,感動させるものであることだけは確かである。

登場人物一人一人の掘り下げが,また,良い。どの人物にも一言では語りつくせないほどの物語がある。

最後の最後まで,素晴らしい作品でした。

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックス)

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックス)


(ひ)

相澤真一・髙橋かおり・坂本光太・輪湖里奈『音楽で生きる方法 高校生からの音大受験、留学、仕事と将来』(青弓社)

 少し前のことになるが、「夢追い型進路指導」という概念が、教育社会学の世界で出てきたときには、まさに目から鱗が落ちるとはこのことか、と思ったものだ。一見「本人の夢を後押しする」という学校の進路指導が、実際にはほとんど実現できないような職業への道を「自己責任」によって歩ませることとなって、結果的に不安定な地位の若者たちを生み出すことになっている、というものだ。

 音楽の世界も、それで食べていけるのはごくごく一握りという、厳しい世界である。それでも、覚悟を持ってそこに飛び込んでいこうとする若者は必ずいる。
 本書は、音楽に造詣の深い社会学研究者2人と、プロの音楽家2人がタッグを組んで、国内外で活躍する音楽家へのインタビュー調査を下敷きに、サブタイトルにあるように「音大受験、留学、仕事と将来」について網羅的に編集されており、後輩たちに向けてのエピソードを交えたアドバイスの本として書かれている。進路や職業についての定番として「なるには」シリーズがあるが、こちらの方がより深いし、音楽の世界への愛がそこらじゅうから感じられる記述は、読んでいてほっこりする。 

 『蜜蜂と遠雷』と『のだめカンタービレ』の世界を思い浮かべながら、読む。練習法、師弟関係、人生の決断、業界裏話など、盛り沢山である。
 著者によれば、高校生にも手が出るように、なんとか価格を2,000円に抑えようと涙ぐましい努力もあったそうだ。そういうことも含めて、愛情がぎっしりと詰まった本である。 

 (こ)

プーシキン『大尉の娘』(坂庭淳史訳・光文社古典新訳文庫)

フランス文学の次はロシア文学へ。少し前に『スペードのクイーン』を読んで面白かったので,またプーシキンを読むことに。今回は『大尉の娘』。

貴族の家に生まれた青年・グリニョーフは,辺境の要塞で大尉の娘・マリヤと出会う。二人は互いに惹かれあうが,ちょうどその頃,大規模な反乱が勃発し・・・。

18世紀後半の「プガチョーフの反乱」を題材に取った小説である。何より主人公・グリニョーフの描写がよい。若くて,甘くて,お人好しで,カッとなったりもして,いや本当に「お坊ちゃん」である。じいやのサヴェーリイチがまた,へりくだりながらもずけずけと言う人で,絶妙の組み合わせとなっている。

物語はグリニョーフが「僕」という一人称で語る形で進む。「わし」でも「私」でもなくあえて「僕」にした趣旨は,巻末の訳者あとがきにも書かれているのだけれど,グリニョーフのキャラクターにぴったりの訳だと思う。

解説によれば,『大尉の娘』は,明治時代,日本で最初に翻訳されたロシア文学という。明治の人たちもこの小説を読んでいたのかと思うと,なかなか感慨深い。

大尉の娘 (光文社古典新訳文庫)

大尉の娘 (光文社古典新訳文庫)


(ひ)

柳瀬博一『国道16号線 「日本」を創った道』(新潮社)

書評サイトで熱量のすごいレビューを目にしてしまい、ついつい購入。国道16号線については『国道16号線スタディーズ』という社会学の視点からの本があるが、さらにそれを深くしたのが本書というところだろうか(著者いわく、ジャレド・ダイアモンドばりに大風呂敷を広げたらしい)。

国道16号線は、横須賀から横浜、町田、八王子、川越、大宮、野田、柏、千葉、そして木更津から富津へと、首都圏をぐるり一周する延長326キロの環状道路である。
その国道16号線を、ブラタモリ的に沿道をあらゆる角度から掘り下げていくというものであり、プレートの運動によって半島と湾と平野と台地と丘陵がつくられ、そこに大きな河川と小さな河川が入り乱れるという、このユニークな地形の上に(、そのことで中央集権的な権力は関東では成り立たなかったがゆえに)、古代の貝塚から、中世の鎌倉と坂東武者たち、近代の殖産興業と生糸、現代のニュータウン、ショッピングモール、米軍基地、クレヨンしんちゃんユーミンなどなどが乗っかるという、関東の歴史が凝縮され、日本の縮図としての「国道16号線」が描き出される。

残念ながら、京都人には頭の中で映像を描くことが難しく、関東の人が読むほどには感情移入できなかったせいもあって、そこまで熱く語ることはできないのだが、それでも十分そのおもしろさは伝わった。

果たして関西を舞台に「国道170号線」という本は書けるのだろうか。きっと本書に刺激されて、そういう人が出てくるのだろう、と期待している。

 

 ↓ これがその書評

honz.jp

国道16号線―「日本」を創った道―

国道16号線―「日本」を創った道―

 

 (こ)

モーパッサン『脂肪の塊/ロンドリ姉妹』(太田浩一訳・光文社古典新訳文庫)

フランス文学つながりで,モーパッサンを読むことに。今回は『脂肪の塊/ロンドリ姉妹』。表題作を含めた中・短編集である。

モーパッサン。長編『女の一生』は読んだことがあるけれど,中・短編をまとめて読むのは初めてかもしれない。面白い話,悲しい話,不思議な話・・・。様々なバリエーションに富む話が収録されていて,全く飽きるところがない。

でもやっぱり印象に残るのは,「脂肪の塊」である。

普仏戦争プロイセン軍に占領されたフランス・ルーアン。それぞれ事情を抱えた10人の男女が乗合馬車に乗り込む。その中に一人,娼婦がいて・・・。

まあ,ひどいね。やるせないね。見た目はいい人たちのエゴというか,独善というか。フランス国歌ラ・マルセイエーズがまた,切ない。

ところで「脂肪の塊」という日本語タイトル,何とかならないのかな。もうそろそろ他のタイトル,例えば本書で訳者も提示している「ブール・ド・スュイフ」とかに変えてもよい頃ではないかと思うのだけれど・・・ここまで定着してしまうと,もう難しいのかもね。


(ひ)

ハル・グレガーセン『問いこそが答えだ!』(光文社)

ビブリオバトルが少しずつ学校にも広まってきていて、うちの学年でも今取り組んでおります。あれ、本の内容もさることながら、プレゼンテーション力の問題という気もするんですよね・・・。これについては追々。

 

さて、今週いちばんおもしろかったのは「Q=A」という題の本書。
正しい問いは、ブレイクスルーをもたらし、固定観念を突き崩し、意欲をかき立てる。逆にいえば、衰退する組織においては、問うことが回避される。優れたトップは、自らも問い、メンバーにチャレンジを求める。いくつもの事例が紹介され、徹底的に問うことの重要性が説かれる。

2022年度から新しい学習指導要領が完全実施される。キーワードは「探究」である。自ら問いを立て、問題解決をめざす力を学校が育むことが求められる。本書を手にした理由のひとつでもある。

本書を読んで、確信した。
残念ながら、現状では、この試みは失敗に終わるのだろう。本書に書かれている失敗例の典型が、今の文教行政であり学校組織であるからだ。  

問いこそが答えだ!  正しく問う力が仕事と人生の視界を開く

問いこそが答えだ! 正しく問う力が仕事と人生の視界を開く

 

(こ)

ヴォルテール『カンディード』(斉藤悦則訳・光文社古典新訳文庫)

哲学書簡』『寛容論』と読んできたので,次はいよいよこちら。ヴォルテールカンディード』。

ウェストファリアの純真な青年・カンディード。恩師の「すべては最善である」との教えを何ら疑うことなく生きてきたが・・・。

戦乱,大地震,盗賊,海賊・・・。主人公のカンディードを次々と不幸が襲う。カンディードの周囲の人々も同様。とにかく,人類の歴史は災難続きだったのだな,と改めて認識する。

他方で本作は,全体が軽いトーンで貫かれている。笑いあり,皮肉あり。哲学というのは,必ずしも硬い文章でなければならないわけではない。

疾走感のある展開で,ラストの名台詞「mais il faut cultiver notre jardin」(今回の翻訳は「自分の畑を耕さなきゃ」)まであっという間だった。

とりあえず僕も,まずは自分の畑を耕すことにしよう。

カンディード (光文社古典新訳文庫)

カンディード (光文社古典新訳文庫)


(ひ)