佐藤優『教養としてのダンテ「神曲」<地獄篇>』(青春新書)

ダンテ『神曲』を全巻通して読んだことがあったけれど、正直、結構つらかった。「地獄篇」と「煉獄篇」では主人公ダンテが「歩く」→「亡者に会う」→「話を聞く」→「歩く」を延々と繰り返す(しかも亡者のほとんどは現代人の僕らにとってなじみが薄い)。ようやく終えて「天国篇」に突入すると、これがもう、訳が分からない。今どこにいて何をやっているのかすら分からない。

訳文自体はエレガントで、訳註も大変分かりやすかった。とにかく苦労した点も含め、いろいろ思い入れのある本で、今でも手元に置いてある。

ダンテ『神曲』(平川祐弘訳・河出文庫

そのダンテの『神曲』のうち「地獄篇」を読み解き、その世界へといざなうのがこちら。佐藤優『教養としてのダンテ「神曲」<地獄篇>』。

神曲』のエッセンスを分かりやすく解説。同時に(いやそれ以上に)、テキストをネタに佐藤優が縦横無尽に語りつくすという、その芸を楽しむ作品でもある。

例えば第26歌。オデュセウスが大西洋を南下した最後の航海を物語ったりする箇所である。この第26歌にある、ジブラルタル海峡ヘラクレスが2本の柱を立てたのは「人間はこの先へ行ってはならぬ印」とのテキストから、世界的に民主主義が危機的状況にあって、中間階級の幅がとても薄くなっているという話になり、ソ連崩壊後に様々な価値の転換が起こった話になり、地方議員や大学生の地方回帰傾向の話になり、日本から海外への出稼ぎ労働者が出てくるという話になり、一見役に立たなさそうなことが時代の大きな転換点では役に立つという話になり、最後は、『神曲』を読んだ人と読んでいない人とでは世界の見方が全く変わってくるという話をして締める。これを芸と言わずしてなんと言おうか。

他にも様々な話がてんこ盛り。なかなかお得感がある。

もちろん『神曲』との距離もぐぐっと縮まる。「煉獄篇」「天国篇」についても、こんな感じで続けてほしい。

佐藤優『教養としてのダンテ「神曲」<地獄篇>』


(ひ)