加藤弘士『砂まみれの名将 野村克也の1140日』(新潮社)

野村克也監督に関する著書は、枚挙に暇がない。

野村監督の輝かしいキャリアの中で、阪神の監督を石もて追われ、氏が失意のうちにプロ野球から離れていた4年間がある。本書は氏が社会人野球のシダックスの監督として、砂埃の舞うグラウンドに立ちながら、心から大好きな野球を楽しんだ3年間を、当時アマチュア野球担当の新人記者として氏を取材していた著者が、ていねいに描いている。

”Katsuya Nomura, Unknown 1140 Days”という英語のタイトルが添えられていて、「知られざる」という表現の方が内容をしっかりと表している。プロ野球での活躍は極貧の中で育った克也少年にとって大金を手に入れる手段であったのに対し、アマチュア野球の世界は、純粋に野球がうまくなりたい選手たちを、自分の持っている知識を惜しげもなく注ぎ続けて育てることができるという、初めて氏が手に入れた理想の環境であった。そんな野村の顔を、これまでうかがい知ることはなかった。

球界再編の激動を経て楽天の監督に請われて就任することになり、いよいよシダックスを去るにあたり、野村監督は人目をはばからず号泣したという。シダックス時代は、氏にとってプロ復帰への腰掛けなどではなく、大好きな野球に心から向き合うことのできた、かけがえのない時間だったのである。

本書は、一人の男の再生の物語である。

(こ)