保阪正康『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)

 昭和史研究の第一人者、保阪正康氏が、膨大なインタビュー記録の中から選りすぐった証言を軸に、昭和史の重大局面を描き出したもの。赤松貞雄(東條英機秘書官)、高木清寿(石原莞爾側近)、犬養道子犬養毅の孫)、渡辺和子(渡辺錠太郎の娘)、瀬島龍三麻生和子吉田茂の娘)へのインタビューが軸となっている。いずれもこれまでに発表してきたものを、整理し直したものであり、構成としてもわかりやすい。

 本書の特徴は、昭和史を通して現代へのインプリケーションを引き出すことに、注力されている点である。中でも現在の日本社会と戦前の日本社会との対比、あるいは日本の官僚制度の弊害についての記述については、手厳しい。

 

 大日本帝国の軍人は文学書を読まないだけでなく、一般の政治書、良識的な啓蒙書も読まない。・・・こういうタイプの政治家、軍人は三つの共通点を持つ。「精神論が好き」「妥協は敗北」「事実誤認は当たり前」。東條は陸軍内部の指導者に育っていくわけだが、この三つの性格をそのまま実行に移していく(その点では安倍晋三首相とも似ているともいえるが)。
 ・・・私は赤松の言を確かめながら、日本には決して選んではならない首相像があると実感した。それは前述の三点に加えてさらにいくつかの条件が加わるのだが、つまるところは「自省がない」という点に尽きる。・・・(pp.14-15)

 「話を聞こう」と行ったのが事実とするならば、なぜ話せばわかるといった語でこの光景が語られることになったのか。戦後民主主義を例示するかのうようにすりかえられたのだろうか。「話せばわかる」と「話を聞こう」との間にある無限の開き。私は道子氏の証言や記述の中には、この開きについての絶望感を覚えるのだ。(p.153)

 瀬島に代表される軍官僚の言動は、「都合の悪いことは決して口にしない」「自らの意見は常に他人の意見をかたり、本音は言わない」「ある事実を語ることで『全体的』と理解させる」「相手の知識量、情報量に合わせて自説を語る」といった点にあると前述したが、しかしもっとも宿痾ともいうべき重大な欠陥は、「第一次史料にも手を入れて改竄する」といった点である。昨今の国会審議でもこれに類する官僚の無責任さ・・・は容易に指摘できる。・・・「史料がない」「記憶がない」・・・「史料の存在を知らなかった」「私の記憶と異なる」と平然と嘘をつく。
 二つのごまかしのうちのもうひとつは、社会の常識を権力でくつがえそうとすることである。この二つを、私は瀬島を通して確認することとなった。(pp.211-212)

 この憲法は、天皇制に反対する戦勝国や論者たちからは天皇を守る防波堤になっていると考えられていたのだ。(p.240)
 しばしば安倍首相とその同調者は、「戦後レジームからの脱却」などという言い方をしていたが、それは吉田を軸とするこのような先達をいかに愚弄しているか、いや侮っているかということになる。(p.264)

  

 なお、タイトルの「七つの謎」というのは言い過ぎで(保阪氏の著作に七つの謎シリーズがあるのでこれに乗っかったのだろうが)、しかも登場人物が6人しかいないので、やはり無理があるように思う。「なぜ~~なのか」的な各章のタイトルも内容と一致しない。残念。

 保阪氏も来年で80歳。昭和を語れる人も、少しずつ少なくなっていく。

昭和の怪物 七つの謎 (講談社現代新書)

昭和の怪物 七つの謎 (講談社現代新書)

 

 (こ)