奥山景布子『流転の中将』(PHP研究所)

 幕末の「一会桑政権」とはよく聞くが、一橋慶喜松平容保に比べて、松平定敬(さだあき)のことははっきりいって容保の弟であることくらいしか知らなかったし、NHK大河ドラマで小日向兄弟で出演していて「お~」となった程度であった。

  物語は、慶応4年1月6日、定敬が慶喜から呼び出しを受ける場面から始まる。いざ決戦か、と威勢よく大坂に向かった定敬は、極秘裏に大坂を脱出する慶喜に同行を求められる。藩主不在の桑名の国許では東海道を東に向かう新政府軍への恭順の方針を固め、定敬の隠居を決める。一方、突然「朝敵」とされた定敬はとうてい納得がいかない。ここから定敬の流転が始まる。
 江戸を抜け出した定敬は、柏崎へ向かう。その後、会津・仙台・箱館、最後は掃除夫に身をやつして上海へ。

 ちょうど今、NHK大河が大政奉還と王政復古のクーデターでオリンピック中断に入ったところだ。本書の慶喜は得体の知れない男として描かれるが、ドラマではどうだろう。戊辰戦争における慶喜の行動がいまだに謎として残されていることで、いろいろなストーリーを描くことができる。本書もまた、そのひとつ。

 戊辰戦争における薩長の田舎侍との対比させる意味だろうか、随所に和歌や漢詩がちりばめられていて、blue bloodとしての定敬たちの教養を際立たせることになり、ちょっとした歌物語になっている。きっと、もとの歌がわかれば、もっとおもしろく読めるのだろう。
 筆者は名古屋大学で文学の博士号を授与され、高校教師や大学教員を経て作家活動に入ったそうだ(当然、学術論文では「奥山」さんではないので、論文検索に引っかからない、残念)。専攻が王朝文学らしいのだが、さもありなん。

 (こ)