王谷 晶『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社)

有名作家の作品ではない。ベストセラーでもない。超大作でも感動巨編でもない。それでも今回はこの本を紹介したい。王谷 晶『完璧じゃない、あたしたち』。

23編の短編からなる短編集である。共通するテーマはたった一つ。すべて“女と女が主人公”ということ。「女の人生を変えるのは男だなんて,誰が決めたのさ?」との宣伝文が全てを語る。

冒頭は女性の「第一人称」を巡る話(『小桜妙子をどう呼べばいい』)。ああ,こういうテイストの短編集か,と思って次の作品を見ると,テンポの良い北関東弁の会話の後に予想外の展開(『友人スワンプシング』)。こんなのもありか~と思ってその次の作品に入ると,これが昭和テイストただよう江戸川乱歩風のちょいホラー(『ばばあ日傘』)。もう,作風が一作一作ごとにどんどん異なってくる。

その後も,星新一風のSFあり,不条理小説あり,自伝的小説あり,戯曲あり・・・などと,次から次へと読者を飽きさせずに,様々なジャンルの短編が繰り広げられる。決して粒ぞろいというわけではなく,中には「?」と思わざるを得ない作品もあるし,少し荒削りなのも否めない。それでも,キラリと光る作品も少なくなく,なかなか面白い。

それにしても,女性は大変である。女性というだけで一部の男性からは見下され,セクハラされ,容姿で評価され,年齢で評価され・・・。それでも。それでもこの23編の主人公たちは,前を向いて歩んでいく。

最後の2作品(『東京の二十三時にアンナは』,『タイム・アフター・タイム』)はいずれも短いながらも結構読ませてくる。この2作品だけでも,読む価値は十分あるかもしれない。

完璧じゃない、あたしたち

完璧じゃない、あたしたち

(ひ)

瀬尾まいこ『そして,バトンは渡された』(文藝春秋)

久々にいい本を読んだ。瀬尾まいこ『そして,バトンは渡された』。「親子」の物語である。

高校生の優子は,血の繋がらない「父親」である「森宮さん」と二人で暮らしている。実母は小さい頃に亡くなり,実父も遠くへ行ってしまっている。「森宮さん」はちょっとズレた人だけど,でも優子に対しては,人一倍,父親としての愛情を注ぐ。これまでにも優子は,血の繋がらない「母親」や「父親」と暮らしたことがあり・・・。

優しい物語である。最初の1ページは「森宮さん」の視点で,その後は優子の視点で話が進む。人との出会い,そして別れ。ときどき切なくなるけれど,それでも優子を取り巻く大人たちの愛情が,心にしみる。

読了後,人に優しくなれる。お勧めの一冊である。

そして、バトンは渡された

そして、バトンは渡された

(ひ)

中澤渉『日本の公教育』(中公新書)

 教育系新書紹介、もう1冊は、中澤渉『日本の公教育』。

 中身については、学術書として出された『なぜ日本の公教育費は少ないのか』(サントリー学芸賞受賞)をベースに新書サイズに整理して書き直したもので、学校教育の外部性や階層研究などの教育社会学のこれまでの研究成果を踏まえながら、現在のデータに合わせて解釈し直すことで、ふわふわした教育論(政策形成過程レベルでもふわふわした議論が声高に叫ばれている)に釘を刺すことに成功している。一部議論の展開に「?」というところもあるが、現状を整理するという観点から、手元において置きたい教育社会学の基本書である。

 ちなみに先週の小針さんと中澤さんは同い年で、北関東の公立高校から慶応・東大とやってきて、最後は同じ研究室に属することになった。歴史研究と計量的研究という方法は違っても、見据えているものは変わらない。日本の教育に対して、証拠をベースとした議論を積み重ねていくということである。中澤さんは認めたくないかもしれないが、結果的に、小針さんと一緒に苅谷剛彦を継ぐものになってしまっているわけである。

日本の公教育 - 学力・コスト・民主主義 (中公新書)
 

 (こ)

『本屋大賞』ベストテンについて

今週,「2018年本屋大賞」のベストテンが発表されました。
ノミネート作品発表から約3か月。長かったような,短かったような…。

・第1位:辻村深月かがみの孤城

やりました。堂々の第1位です。圧勝でした。
この本が一人でも多くの人に読まれますように。

・第2位:柚月裕子『盤上の向日葵』

こちらも堂々の第2位です。やはり読み応えあったもんな~。

・第3位:今村昌弘『屍人荘の殺人』

え~!? …まじっすか。いやトリックとか,そもそも○○○を出してきたところとかは斬新でしたが…。いずれにしても,本格ミステリ本屋大賞の上位に食い込んできたというのは久々ですね。

・第4位:原田マハ『たゆたえども沈まず』

読了後しばらくたってからでも「あの本,良かったな~」としみじみ思える本でした。気分はいつでも19世紀後半のパリにタイムスリップです。

・第5位:伊坂幸太郎『AX アックス』

伊坂幸太郎の作品に外れなし。作家として安定期に入ってきた感があります。ただ,個人的には,『ゴールデンスランバー』のような小説をもう一度~! …とも思うのですが,ぜいたくでしょうか。

・第6位:塩田武士『騙し絵の牙』

ごめんなさい読んでません(それほど大泉洋に思い入れがあったわけではないので…)。

・第7位:今村夏子『星の子』

ごめんなさい読んでません(テーマに今ひとつ惹かれず…)。

・第8位:知念実希人『崩れる脳を抱きしめて』

これからです。これからの作家です。若い人にはお勧めかも。

・第9位:村山早紀『百貨の魔法』

え~!? …残念。「おとぎ話」の方に若干振れすぎたからかな? でも最終ノミネートにまで残ったというのは,それだけでも十分誇れるところだと思います。次回作にも期待!

・第10位:小川糸『キラキラ共和国』

悪くはなかった。悪くはなかったんだけど,前作(ツバキ文具店)が良すぎたのと,あとそこからの路線変更(「手紙」は脇役,主人公の生活が変化,よく分からない新登場人物)が裏目にでたのとかがあるのかも。それでも2作連続で最終ノミネートに残ったというのは十分誇れるところだと思います。また新たな作品に期待!

(ひ)

小針誠『アクティブラーニング 学校教育の理想と現実』(講談社現代新書)

 本屋大賞、大先生の予想通り、『かがみの孤城』になりましたね!
 さすがです!!

 さて、教育社会学関係でなかなかよい新書が2冊立て続けに出ました。

 ひとつめが、小針誠『アクティブラーニング』。このタイトルの書籍はたいてい、どうやったらアクティブラーニングが実践できるか、というものだったり、アクティブラーニングとはどういうものかという解説書だったりするのですが、これはそうではなく、日本の近代教育史において、学びの方法がどういう変遷をたどってきたかを整理したものとなっています。

 少し読み進めるだけで、なんという「マジックワードの多さだろう・・・」とため息をつかざるを得なくなります。「学校教育の理想と現実」というサブタイトルにあるように、「学校教育の理想」を語るワードが次々と登場し、結局、キラキラ行政文書が踊る一歩で、中身がよくわからないまま、次のキラキラのマジックワードが登場する、という歴史の繰り返しがあったことを、期せずして一気に理解することができます。

 こうした繰り返しは、そもそも戦後教育史の中では「系統主義」と「経験主義」の振り子が定期的に往復しているその延長にあると理解すれば、今回の「アクティブラーニング」も、20年前の「新しい学力観」、そしてその反動としての10年前の「脱ゆとり」に続く流れとして位置づけられるわけで、「アクティブラーニング」的なものは特段新しいわけではないということになります。それでは何が新しいかというと、「アクティブラーニング」という言葉が新しい、ただそれだけで新しいということになるのでしょう。そしてその新しい「アクティブラーニング」なるものに「新しい」という意味を付与するためのロジックがきわめてあいまいで、次々と新しい概念を生み出しては新しい説明をすることで、新しさを強調していく・・・。これは戦後教育政策に一貫した大きな問題なのであって、マジックワードを次々と並べ、実証性のかけらもない因果関係を推定して正当化する・・・。そのような不毛な教育改革が、10年ごとに行われてきたわけで、このようなふわっとした教育方法学と、こうすることで次々と仕事を生み出していく教育学界隈のマッチポンプぶりを、歴史的経緯を踏まえて本書はあぶり出すことになっています。

 ともあれ、新しい学習指導要領は動き始め、それと連動して大学入試改革が待ち受けています。また新たな「教育改革狂想曲」がこの国に鳴り響くのでしょうか。
 そんなことをしているだけの余裕が、今のこの国にあるとはとても思えないのに・・・。 

 (こ)

『本屋大賞』大予想

来週10日,いよいよ本屋大賞発表。
ということで,ベスト3くらいまでを,個人的な主観も混ぜ込んで予想したいと思います。
(結局,ノミネート作品10作中,8作まで読んでいました。)

 

 ・第1位:辻村深月『かがみの孤城』

いやあもうこれは確実でしょう。ここ数年の文芸界を見回しても最高の作品だと思います。去年の後半,これを超える作品が出てしまったらどうしようなどとドキドキしていたのですが,結局出なかったな~。

 

 ・第2位:村山早紀『百貨の魔法』

2位以下は混戦だと思うのですが,個人的にはあえてこれを押したいです。「あまり知られていない作品にも光を当てる」ところに本屋大賞の意義があるとすれば,この作品を上位に持って行きたい。客観的にみると3~5位あたりなのかもしれないけれど,個人的な願望も含めて2位押しです。

 

 ・第3位:柚月裕子『盤上の向日葵』
     伊坂幸太郎『AX アックス』

読み応えという点では,『盤上の向日葵』はトップ争いに食い込んでくる作品だと思います。文春ミステリベスト10は残念ながら2位に終わりましたが,本当は1位を取っていてもおかしくなかった(ものすごい変化球の『屍人荘の殺人』が取ってしまった)。

伊坂幸太郎は固定客が多いので,同率3位の予想にしました。

(ひ)

 

小川糸『キラキラ共和国』(幻冬舎)

小川糸『ツバキ文具店』は良かった。代書屋という(架空の)仕事。人の悩み,想いというものを「手紙」という形で前に進めるというストーリー。そして「母」と「娘」(本当は「祖母」と「孫」なんだけど)の葛藤。最後はきれいにまとまり,よい話だった。

・・・とか思っていたら,まさかの続編が出た。『キラキラ共和国』である。

前作があまりに良かったし,自分の中ではあれで完結していたので,続編を手にするのは少しためらわれたのだけれども,でも「本屋大賞」に最終ノミネートされたということもあって,今回読んでみた。

なるほど。今回は少し,趣向を変えましたね。

前作で話の中心にあった「手紙」は,どちらかというと今回は脇役。むしろ,主人公・鳩子自身の生活の変化とか,気持ちの揺れとかが中心に据えられている。まあ,これはこれで,ありかも。

回収されていない伏線もいくつかある。っていうことは,さらに物語が書き続けられ,シリーズ化されるということだろうか。

キラキラ共和国

キラキラ共和国

(ひ)