シェイクスピア『夏の夜の夢・あらし』(福田恆存訳,新潮文庫)

森見登美彦のインタビュー記事を読んだ。『熱帯』のベースとなった先行作品として,「千一夜物語」や「ロビンソン・クルーソー」とともに,シェイクスピアテンペスト(あらし)」を挙げていた。テンペスト? う~ん,実は読んだことがない。どう関係してくるのだろう?

興味が出てきたので購入してみた。福田恆存訳『夏の夜の夢・あらし』。

絶海の孤島。魔法を使う父と,その娘。漂着してきた若い男性。確かに登場人物は森見登美彦『熱帯』と共通するが・・・などと読んでいたところ,最後の「エピローグ」で,ちょっとびっくり。なるほど,そうきたか。そりゃあ,先行作品ですな。

それにしても,福田恆存の訳文は格調高い。昔は「古い文体」だとか思っていたのだけれど(ごめんなさい),今になってみると,その美しさがよく分かる。

本棚を見ると,福田恆存シェイクスピア,既に8冊あった。これで9冊目。もうちょっとがんばれば,コンプリートできるのではないか。

来年もいろいろ読むぞ~。

夏の夜の夢・あらし (新潮文庫)

夏の夜の夢・あらし (新潮文庫)

(ひ)

山野辺太郎『いつか深い穴に落ちるまで』(河出書房新社)

 主人公・鈴木は山梨県のとある建設現場にいる。リニア実験線の横で、表向きは温泉を掘っているのだが、実は極秘プロジェクト・・・ブラジルまで深い深い穴を掘ってつなげようというもので、終戦後まもなく運輸省の官僚・山本が新橋の闇市で思いついた案ある。
 ポーランドのスパイ、北朝鮮の某VIPの秘書、楽しい日系移民や外国人技能実習生など、謎の人物が現れては消え、そうする中で、いよいよ70年越しの計画が完成する日がやってきた。地球の裏のまだ見ぬ広報係・ルイーザへのほのかな想いを秘めて、鈴木は穴に飛び込む。

 

 なんなんだろうなぁ。
 胃の中に手を突っ込んでグリグリひっかきまぜられたような、ちょっとした不協和音を混ぜながら淡々と進行するモダンジャズのような、計算されたこのねじれっぷり。
 結局一気に読んでしまった。

 

 来年も、おもしろい本との出会いがたくさんありますように。

いつか深い穴に落ちるまで

いつか深い穴に落ちるまで

 

 (こ)

平野啓一郎『ある男』(文藝春秋)

今年度下半期の直木賞候補作が,以下のとおり発表されました。

・今村翔吾『童の神』(角川春樹事務所)
垣根涼介『信長の原理』(KADOKAWA)
真藤順丈『宝島』(講談社
・深緑野分『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房
森見登美彦『熱帯』(文藝春秋

前回のブログで「この中から1,2作品でもノミネート入りすればいいなあ」と挙げていた中から,なんと,3作がノミネート入り!(『信長の原理』『ベルリンは晴れているか』『熱帯』) いや~,素直にうれしい!

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さて。

自分の夫は,本当は誰だったのか。平野啓一郎『ある男』。

里枝は谷口大祐と出会い,結婚し,子をもうけた。しかし幸せな生活は長くは続かず,大祐は事故で命を落とす。悲しみにくれる里枝に,衝撃の事実がおそう。夫は実は,「谷口大祐」ではなかった・・・。

人は過去を,人生を変えられるのか。そもそも人にとって,その過去や来歴というものはいかなる意味を持つのか。平野啓一郎の問い掛けは,重い。

幸福って,何なんだろうね。そんなことを思いながら読んだ一冊。

ある男

ある男

(ひ)

天野純希『雑賀のいくさ姫』(講談社)

 雑賀孫一の娘・鶴は、難破した三本柱の南蛮商船を手に入れると、結婚を迫る父と許嫁の左近から逃れ、合戦によってではなく貿易商人として生きるために海に乗り出す。船には、スペイン貴族の末裔でサムライを求めて日本にやってきたジョアン、剣の達人二階堂兵庫、船頭の喜兵衛、モザンビーク人の元黒人奴隷アントニオ、それに猫の亀助。

 堺で今井宗久に便宜をはかってもらい、村上水軍とひともめしたあと、船団を率いて現れた島津の巴姫から驚くべき緊急事態を聞かされる。

 後半は、奄美沖海戦、そして敵本隊との東シナ海での決戦と、ひたすら戦闘描写。

 激戦を終えて鶴姫たちは、自由な海にふたたび漕ぎ出していくのである。

 まさに、戦国版ワンピース。ああ、楽しかった!

雑賀のいくさ姫

雑賀のいくさ姫

 

 (こ)

佐藤友哉『転生!太宰治 転生して、すみません』(星海社FICTIONS)

島本理生『ファーストラヴ』が今年度上半期の直木賞を受賞して5か月。下半期の直木賞ノミネート作の発表が,いよいよ来週17日(月)に迫ってまいりました。

僕がこの半年に読んだ作品の中では,

森見登美彦『熱帯』(文藝春秋
・塩田武士『歪んだ波紋』(講談社
・深緑野分『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房
垣根涼介『信長の原理』(角川書店

が面白かったです。この中から1,2作品でもノミネート入りすればいいなあ。

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さて。

僕の中での太宰治ブームが高じて,ついにこんなラノベにまで手を出してしまった。佐藤友哉『転生!太宰治 転生して、すみません』。

太宰治現代社会に「転生」し,あちこちで大騒ぎ小騒ぎをする物語である。・・・いや,ふざけた内容だとは分かっています(タイトル共々)。分かっているのですが,これがすっごく面白い。声を上げて笑いながら本を読んだのなんていつ以来か,っていうくらい。

特筆すべきなのは,この小説の文体。なんと太宰そっくりなのである。句読点の打ち方,接続詞の使い方,改行の入れ方から用語の選択に至るまで,何から何まで太宰そのもの。のみならず,その行動様式や思考方法も太宰そのまんま。もう太宰が書き,太宰が語ったとしか思えない。

様々な太宰作品からの引用あり,また太宰自身のエピソードの引用もありで,まるで太宰の人生を投影したかのようなこの作品。太宰が好きで,現代のサブカル(マンガとかアニメとかラノベとかゲームとか)の知識が少しでもあって,最近堅い本ばかり読んでいるからちょっとくだけた本にも手を出してみようか,という人には超お勧めです。

おそるべし,佐藤友哉三島賞受賞は伊達ではない(才能の無駄遣い,という言葉が頭をよぎるが)。妻は先の直木賞作家,島本理生である。

転生! 太宰治 転生して、すみません (星海社FICTIONS)

転生! 太宰治 転生して、すみません (星海社FICTIONS)

(ひ)

保阪正康『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)

 昭和史研究の第一人者、保阪正康氏が、膨大なインタビュー記録の中から選りすぐった証言を軸に、昭和史の重大局面を描き出したもの。赤松貞雄(東條英機秘書官)、高木清寿(石原莞爾側近)、犬養道子犬養毅の孫)、渡辺和子(渡辺錠太郎の娘)、瀬島龍三麻生和子吉田茂の娘)へのインタビューが軸となっている。いずれもこれまでに発表してきたものを、整理し直したものであり、構成としてもわかりやすい。

 本書の特徴は、昭和史を通して現代へのインプリケーションを引き出すことに、注力されている点である。中でも現在の日本社会と戦前の日本社会との対比、あるいは日本の官僚制度の弊害についての記述については、手厳しい。

 

 大日本帝国の軍人は文学書を読まないだけでなく、一般の政治書、良識的な啓蒙書も読まない。・・・こういうタイプの政治家、軍人は三つの共通点を持つ。「精神論が好き」「妥協は敗北」「事実誤認は当たり前」。東條は陸軍内部の指導者に育っていくわけだが、この三つの性格をそのまま実行に移していく(その点では安倍晋三首相とも似ているともいえるが)。
 ・・・私は赤松の言を確かめながら、日本には決して選んではならない首相像があると実感した。それは前述の三点に加えてさらにいくつかの条件が加わるのだが、つまるところは「自省がない」という点に尽きる。・・・(pp.14-15)

 「話を聞こう」と行ったのが事実とするならば、なぜ話せばわかるといった語でこの光景が語られることになったのか。戦後民主主義を例示するかのうようにすりかえられたのだろうか。「話せばわかる」と「話を聞こう」との間にある無限の開き。私は道子氏の証言や記述の中には、この開きについての絶望感を覚えるのだ。(p.153)

 瀬島に代表される軍官僚の言動は、「都合の悪いことは決して口にしない」「自らの意見は常に他人の意見をかたり、本音は言わない」「ある事実を語ることで『全体的』と理解させる」「相手の知識量、情報量に合わせて自説を語る」といった点にあると前述したが、しかしもっとも宿痾ともいうべき重大な欠陥は、「第一次史料にも手を入れて改竄する」といった点である。昨今の国会審議でもこれに類する官僚の無責任さ・・・は容易に指摘できる。・・・「史料がない」「記憶がない」・・・「史料の存在を知らなかった」「私の記憶と異なる」と平然と嘘をつく。
 二つのごまかしのうちのもうひとつは、社会の常識を権力でくつがえそうとすることである。この二つを、私は瀬島を通して確認することとなった。(pp.211-212)

 この憲法は、天皇制に反対する戦勝国や論者たちからは天皇を守る防波堤になっていると考えられていたのだ。(p.240)
 しばしば安倍首相とその同調者は、「戦後レジームからの脱却」などという言い方をしていたが、それは吉田を軸とするこのような先達をいかに愚弄しているか、いや侮っているかということになる。(p.264)

  

 なお、タイトルの「七つの謎」というのは言い過ぎで(保阪氏の著作に七つの謎シリーズがあるのでこれに乗っかったのだろうが)、しかも登場人物が6人しかいないので、やはり無理があるように思う。「なぜ~~なのか」的な各章のタイトルも内容と一致しない。残念。

 保阪氏も来年で80歳。昭和を語れる人も、少しずつ少なくなっていく。

昭和の怪物 七つの謎 (講談社現代新書)

昭和の怪物 七つの謎 (講談社現代新書)

 

 (こ)

森見登美彦『熱帯』(文藝春秋)

以前この欄で紹介した深緑野分『ベルリンは晴れているか』ですが,なんと,今年度の「このミステリーがすごい!」の2位,「週刊文春ミステリーベスト10」の3位に入りました! 決してメジャーな作品ではないにもかかわらずこの順位! いや~,うれしい。

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さて。

今年一番の「怪作」である。森見登美彦『熱帯』。

最後まで読んだ人間はいないとされる小説『熱帯』を巡る物語・・・なのであるが,これが一筋縄ではいかない。複雑な入れ子構造。メタフィクションメビウスの輪のような,クラインの壺のような感覚に陥る。どこまでが真実で,どこからが虚構なのか。そもそも自分は今,この小説の「どこ」にいるのか。

不思議な作品である。読み終わって2,3日たつが,まだ小説の中をさまよっているような感じがする。

なお,読了後に気づいたのだが,この本の装幀は・・・。また,Amazonでは・・・。こういう遊び心,僕は好きだなあ。

熱帯

熱帯

(ひ)