スティーヴン・ホーキング『ビッグ・クエスチョン―〈人類の難問〉に答えよう』(青木薫訳,NHK出版)

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北の大地からの初投稿。
 
昨年亡くなられたホーキング博士。その最後の書き下ろし本である。『ビッグ・クエスチョン―〈人類の難問〉に答えよう』。
 
「神は存在するのか?」「宇宙はどのように始まったのか?」など10個の「ビッグ・クエスチョン」にホーキング博士が答えていく形の科学読み物である。最新の研究成果を織り交ぜつつも,時に冗談を交えたその軽やかな文体は,まるで博士がすぐそばにいて語り掛けているようである。
 
個人的には,ちょっと夢のある未来の話の「宇宙に植民地を建設するべきなのか?」と,近い将来が必ずしもバラ色ではないことを示唆する「人工知能は人間より賢くなるのか?」が読んでいておもしろかった。
 
なお,最後の「より良い未来のために何ができるのか?(第10問)」では,現代社会に対する博士の危機意識がにじみ出ている。今を生きるすべての人に向けられたメッセージ,といっていいかもしれない。
 
「大切なのはあきらめないことだ。想像力を解き放とう。より良い未来を作っていこう。」(227頁)―――ホーキング博士の言葉を胸に,僕も頑張ろう。
 
↑ Amazonの写真がおかしい(書誌データは正しいのだけれど)。そのうち直るのかな?

(ひ)

綿矢りさ『手のひらの京(みやこ)』(新潮文庫)

奥沢家
長女・綾香 = 31歳にして婚活開始。
次女・羽依 = OL、かなりモテる。
三女・凜  = リケジョ(M2)、異性に興味なし。
お母さん  = 60歳になったので主婦の定年を宣言。
お父さん  =  にぎやかな女系家族の中でいつもマイペース。

 

京都本コーナーに平積みになっていたので、手にとった。
京都出身の著者だが、意外にも京都を書いたのは初めてらしい。

「私は山に囲まれた景色のきれいなこのまちが大好きやけど、同時に内へ内へとパワーが向かっていて、盆地に住んでる人たちをやさしいバリアで覆って離さない気がしてるねん」
「好きやからこそ一旦離れたいっていうのかな、盆地の中から抜け出して、外側から京都を眺めて改めて良さに気づきたいねん」

この言葉を、凜の口を借りて言いたかったのかな、と思う。

 

ただ、固有名詞や京の四季の風物詩をちりばめることに力が入りすぎているように感じられて、平成版「細雪」ではなく、なんだか土曜ワイド劇場「京都なんとか案内」を見ているような気になる。

あとひとつ。

綿矢はん(と新潮社はん)、京都のお人やったら、「大文字焼き」(文庫p.87 & 裏表紙解説)は、NGやおへんか? 

手のひらの京 (新潮文庫)

手のひらの京 (新潮文庫)

 

 (こ)

佐藤友哉『転生!太宰治2 芥川賞が,ほしいのです』(星海社FICTIONS)

今年度の本屋大賞発表まで,あと10日余り。
本命不在の中,近年まれにみる大混戦となることが予想されます。
 
個人的には,瀬尾まいこ『そして,バトンは渡された』を推したいです。
波乱万丈のストーリーでも,ドラマティックな展開でもない。そもそも決してメジャーな作品というわけでもない。それでも,こんな時代だからこそ,広く読まれてほしい作品です。
 
・・・とか言ってみたけれど,深緑野分『ベルリンは晴れているか』も読みごたえがあったし,木皿泉『さざなみのよる』は軽やかに人生を描いていたし,三浦しをん『愛なき世界』は安定の面白さであった。う~ん,絞り切れないなあ・・・。
 
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さて。
 
昨年読んだ本の中で,最も面白かったもの(ガハガハと笑える,という意味で)は,実は佐藤友哉『転生!太宰治 転生して,すみません』であった。太宰治現代社会に転生する・・・というとんでもない設定で,しかも文体が太宰そっくり。いやあ,笑わせていただいた(当然ながら,本屋大賞にノミネートなどされていない。)。
 
こんな小説,もう二度と出てこないだろうな・・・と思っていたら,まさかの続編登場!『転生!太宰治2 芥川賞が,ほしいのです』である。
 
太宰は今回も,現代社会でツイッターを開始し,「不協和音」の歌詞に心打たれ,女子高生アイドルと「安田屋旅館」にお泊りし,講談社に殴り込みを掛け,「カメラを止めるな!」を見て涙を流し,でもやっぱり女性と心中未遂を起こして・・・佐藤友哉,もうやりたい放題です。
 
他方で,しっかりと,現代の小説家を取り巻く問題状況についても触れている。いや,こちらの方ががむしろ本作のテーマではないか。笑いの中に,シリアスあり。前作は,「太宰が佐藤友哉の口を借りて喋っている」感があったが,今作は逆で,「佐藤友哉が太宰の口を借りて(普段は絶対喋れないようなことを)喋っている」感じがする。
 
・・・とか思いながら読んでいると,何だこのラストは(笑)。佐藤先生,どうするつもりですか~(笑)。
転生! 太宰治 2 芥川賞が、ほしいのです (星海社FICTIONS)

転生! 太宰治 2 芥川賞が、ほしいのです (星海社FICTIONS)


(ひ)
 

寮美千子編『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』(新潮文庫)

 作家の寮美千子氏が、奈良少年刑務所が受刑者を相手に実施している「社会性涵養プログラム」の一環として、童話や詩を使った情操教育に取り組んだ記録である。
 凶悪犯罪を犯して服役している20歳そこそこの青年たちが、幼な子のように自分をさらけ出して、のびのびと言葉を紡いでいる。安心して甘えることができなかった子ども時代を必死で取り戻しているかのように。

 タイトルになっている一行詩は、受刑者Aくんが、亡き母への思いを込めてつくったもの。朗読を聞いてコメントする仲間の受刑者たちの言葉が、あたたかい。

  人は、弱くて、不完全な存在なのだということを、ついつい忘れがちになるけれど、だからこそ人はつながり、助け合い、支え合うことができるのである。

  涙が止まりませんでした。 

空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集― (新潮文庫)

空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集― (新潮文庫)

 

 (こ)

今村昌弘『魔眼の匣の殺人』(東京創元社)

今村昌弘。デビュー作『屍人荘の殺人』のインパクトは大きかった。「このミス」「週刊文春ミステリーベスト10」「本格ミステリベスト10」でいずれも1位(国内部門)を取り,何と本屋大賞でも3位にランクインした。
 
その今村昌弘,待望の2作目である。『魔眼の匣の殺人』。
 
舞台は『屍人荘の殺人』から数か月後。「俺」こと葉村譲は,剣崎比留子とともに,とある山間の集落を訪れるが・・・。
 
正直言って前作のような突き抜けたインパクトまではないし(ある意味「普通のミステリ」に戻った),本作品で味付け要素になっている「予言」とか「予知」とかの位置づけは難しいところでもある。ただ,硬軟取り混ぜた文体で読者をこの世界に引きずり込む力はさすが。ついつい一気に読んでしまった。
 
ところで前作の『屍人荘の殺人』,なんと神木隆之介主演で映画化するそうな。・・・いろいろ大丈夫かなぁ。
魔眼の匣の殺人

魔眼の匣の殺人


(ひ)

「グリーンブック」(2018年、アメリカ)

 今週は映画です。

 アカデミー賞は「差別」と「そっくりさん」が交互に受賞しているイメージがあって、今年は差別ものの年だった。とはいいつつも、王道をいく作品づくりで、安心して見ていられるものであった。

 舞台は1962年アメリカ。黒人天才ピアニスト・Dr.シャーリーの南部ツアーのボディガードとして、イタリア移民のトニーが選ばれる。そのふたりが、いろいろな困難を乗り越えて友情を育んでいくという、鉄板ロードムービー。道中のふたりの掛け合いが大半なのだけれど、まぁ、ふたりともうまかった。オスカーをとったのはマハーシャラ・アリだけだけれど、ビゴ・モーテンセンにもあげてもいいですよ。

 なお、タイトルになった「グリーンブック」とは、当時出版されていた、南部諸州で黒人が泊まれる宿泊施設を紹介したガイドブックのこと。

 共同脚本を書いたのは、主人公・トニーの実の息子、ニック・バレロンガ。バレロンガファミリーは、ほんとうにバレロンガ家の人々として、エキストラ出演していたらしい。 

 2019年第91回アカデミー賞、作品賞・助演男優賞脚本賞受賞作。

eiga.com

(こ)

半藤一利『B面昭和史 1926-1945』(平凡社ライブラリー)

これも待望の文庫化である。半藤一利『B面昭和史 1926-1945』。
 
ベストセラー『昭和史 1926-1945』の姉妹編である。『昭和史 1926-1945』では政治,経済,外交といった「A面」について語られていたのに対し,こちらの本では「B面」,すなわち一般市民(半藤一利の言葉を借りれば「民草」)の生活を丹念に追っている。
 
取り上げたのは,昭和元年から昭和20年まで。言うまでもなく,激動の時代である。
 
巻末の澤地久恵との対談中で,半藤一利は言う。
 
「澤地さんや私たちが今,何をすればいいのかとあらためて考えたんです。それは,後につづく人たちに,もちろん原爆や空襲の被害ばかりではなく,日本の歴史そのものを,そして自分はその歴史をどういうふうに理解しているかをきちっと伝え続ける,語り続けることだと思います。」
 
メッセージ,確かに受け取りました。
B面昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)

B面昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)


(ひ)