和田裕弘『信長公記―戦国覇者の一級史料』(中公新書)

垣根涼介『信長の原理』読了後,たまたま見つけたので読んでみた。和田裕弘信長公記―戦国覇者の一級史料』。

信長公記(しんちょうこうき)」は,織田信長の一代記である。著者は信長の馬廻衆であった太田牛一。「父親の葬儀で抹香を投げつける」,「斎藤道三との初会見」など小説でおなじみのエピソードは,「信長公記」が初出だったりもする。『信長公記―戦国覇者の一級史料』は,この「信長公記」について28のトピックを取り上げ,伝本間の異同や,他の資料との突き合わせなども交えながら,解説を加えたものである。

実は「信長公記」,中学生の頃に現代語訳を読んでみたことがあった。そこそこ面白かったのだけれども,どこまでが現在では「史実」とされている出来事なのかとか,あるいは出来事の前後関係とかなんかが,ときどき分からなくなることもあった。当時の時点でこの本のような簡易な解説書に巡り会えていれば,理解はもっと進んでいただろう。

太田牛一の伝える織田信長像は,「鬼神」でも「合理的な近代人」でもない。戦国時代に生きた等身大の戦国大名として,織田信長を伝えている。そこが逆に,とても新鮮な感じがする。

(ひ)

有馬哲夫『原爆 私たちは何も知らなかった』(新潮新書)

このブログも、100エントリーを超えました。来週から2年目に突入します。
200エントリーに向けて、がんばってまいりましょう。

「日本への原爆投下が決定された」という一文の次に、どのような言葉が続くだろうか。
「こうして広島・小倉・新潟などが投下目標都市に指定され、その中から広島と長崎に原爆が投下された」と続くものだと、ずっと理解してきた。
しかし、日本への投下決定が直ちには「都市住民に対する大量殺戮行為」を意味しない、という当たり前のことに、なぜ自分は今まで気づかなかったのだろう。

日本への投下には、4つの選択肢があった。
(1)原爆を無人島、あるいは日本本土以外の島に落として、威力をデモンストレーションする。
(2)原爆を軍事目標に落として、大量破壊する。
(3)原爆を人口が密集した大都市に、事前警告してから投下する。
(4)原爆を人口が密集した大都市に、事前警告なしで投下する。

実は米英加の、開発者たちも、軍人たちも、政治家たちも、(4)はできる限り回避しようとしていた。国際法違反の大量殺戮であることは明らかだからである。

しかし、トルーマン大統領は違った。彼はルーズベルト大統領の死によって大統領になったばかりであり、しかも彼への支持は高くなかった。これに持ち前の性格が加わったとき、トルーマンは(4)を選ぶ。
なにより、後のアポロ計画に匹敵する巨額の開発資金を「議会の同意なしに」支出し続けたことが明るみになった場合のことを考えると、使わないわけにはいかなかったのである。皮肉にもアメリカが民主的な国家だからこそ、原爆は使用されたともいえるのだ。
(もっとも大日本帝国海軍も、対米戦争に勝てないとは口が裂けても言えなかったために開戦を避けられなかったとも言われるので、民主的かどうかは関係ないのかもしれない。)

なお本書では、トルーマンが(4)を選んだプロセスはもっともっと複雑なものとして記述されており、原爆開発の国際協力体制は、その後の核拡散と核管理へとつながっていく。

本書はアメリカ、イギリス、カナダで機密指定解除を受けた公文書を丹念に渉猟して書かれたものである。一方で残念ながら、日本側の資料の多くは、敗戦の際に霞ヶ関の煙と消えたらしい。

原爆 私たちは何も知らなかった (新潮新書)

原爆 私たちは何も知らなかった (新潮新書)

 

 (こ)

三浦しをん『愛なき世界』(中央公論新社)

恋愛小説。いや,恋愛「未満」小説というべきか。三浦しをん『愛なき世界』。

洋食屋の見習い・藤丸陽太は,植物学研究室の大学院生・本村紗英がちょっと気になる。いや,すごく気になる。気になるのだけれども,本村はシロイヌナズナの研究が大好きで・・・。恋のライバルは,草!?

ストーリーで読ませる小説と,雰囲気で読ませる小説とがあるとしたら,本作品は間違いなく後者である。コミカルでふわっとした雰囲気が,作品全体を包む。

とはいえ,この作品のテーマ,実は深い。女性と仕事。女性と研究。ともすると深刻になりがちなテーマをさらりと書き上げてしまうところが,三浦しをんの「強さ」であり,「凄味」であろう。

なお,プラスチック製と思われるタッパーを「無機物」としてあるが(354ページ),プラスチックは「有機物」なのでは? そこだけがちょっと,気になった。

愛なき世界 (単行本)

愛なき世界 (単行本)

(ひ)

辻村深月『青空と逃げる』(中央公論新社)

逃避行。
ささやかな平和な暮らしが続くほど、次の崩壊が近づく。賽の河原の石積みのように。

母と子は、逃げる。
四万十へ、別府へ、仙台へ。
そこで出会う人々が優しすぎて温かすぎる。だからこそ、切ない。
そして、力は成長する。早苗とともに。

 最後の最後に、家族は救われる。
かがみの孤城」に続く、回復の物語。

 

P.S. ようやく『宇喜多の楽土』読みました。十分おもしろかったです。
「強くなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。」
・・・ってところかなぁ。

 

青空と逃げる (単行本)

青空と逃げる (単行本)

 

 (こ)

 

菅野仁『友だち幻想』(ちくまプリマー新書)

売れている本とか話題書とかは普段はあまり取り上げないのだけれど,この本はちょっと紹介しておきたい。菅野仁『友だち幻想』。

友だちとのつきあい方。人との距離感。そういったことに悩む若者向けに書かれた本である。筆者は社会学者。10年も前に書かれたこの本が,今,じわじわと売れている。

読む前は,実は軽めの自己啓発書なんじゃないかとも思っていた。ところが読んでみると,社会学の議論を踏まえつつ,「他者とのつながり」についてしっかりと正面から書かれていた。こういった本を若いうちに読める人たちは,恵まれている。

最後の方に,読書について書かれている。読書は対話能力を高める,と。いい指摘だなあ。

友だち幻想 (ちくまプリマー新書)

友だち幻想 (ちくまプリマー新書)

(ひ)

『枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)

こちら、通常国会末の7月20日に行われた、枝野立憲民主党代表による2時間43分のフィリバスター演説(内閣不信任決議案提出の趣旨説明なんだから、フィリバスター=議事妨害だったのかどうかはさておき。)を、ほぼそのまま書き起こして出版されたもの。数枚のA4用紙に書かれたメモをもとにして、よどみなく3時間近く演説し続け、それがそのまま活字にして十分に読めるレベルなわけだから、まぁ、大したものだ。
(これを扶桑社から出しているところが、またおもしろい。)

中身についても、立憲政治とは何か、保守政治とは何か、という原則論をベースに、いかに安倍政治がそれからかけ離れているかを、ひたすら理詰めで問いかける。

安倍首相の国会答弁をそのまま文字起こししている人がいて、こちらは読むに堪えない代物なのだけれど、そりゃ、ふたりの論戦がかみ合わないのも、当然だろう。

 

この演説の中で、枝野氏は何度も何度も、自民党議員に向かって「保守とはこんなものではないはずだ、今のままでいいのか」と呼びかけている。
ただ、この呼びかけが、届いたのかどうか。あるいは自民党支持者に、届いたのかどうか。
人は理を説き続けても動かない。人は結局、義と情で動くものだ。「枝野立つ!」に人が集まった経緯もそういう感情だったように思う。

当分、政権交代はないのかな、と思わせる、演説だった。 

緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」

緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」

 

 (こ)

垣根涼介『信長の原理』(角川書店)

先に書きますね~。

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垣根涼介の新刊が出た。『光秀の定理』以来の戦国作品,そして初めての「信長」作品である。『信長の原理』。

「何故おれは,裏切られ続けて死にゆくのか。」--織田信長の生涯を軸に,その家臣団らの恭順と離反,裏切り,そしてこれらに対する信長自身の感情の揺れを描き出した作品である。小説の鍵となるのは「蟻」。

正直言って,読む前は「いまさら信長?」という気がしないでもなかった。信長を描いた作品など星の数ほどあるし,その造形も,司馬遼太郎以来,「能力重視の合理的近代人」みたいな描かれ方に収れんしてきている。もう信長モノなど書かれ尽くされているのでは,とも思ったりした。

そのような懸念は,あっという間に消し飛んだ。

怒れる信長。秀吉や光秀ら家臣団の苦悩,葛藤,焦燥。この小説は,登場人物らの内面をこれでもか,これでもかと描き出す。600ページ近い作品であるにもかかわらず,最後の最後まで読者の心をわしづかみにして離さない。ここ1,2年の間に書かれた戦国小説の中では,ベストといっていいかもしれない。

なお,『光秀の定理』とのストーリー上のつながりはない(ほんの少し,シンクロする場面はあるが)。そのため『光秀の定理』を読んでいなくても大丈夫。

信長の原理

信長の原理

(ひ)