聖徳太子『法華義疏(抄)・十七条憲法』(瀧藤尊教ほか訳,中公クラシックス)

『もういちど読む山川倫理』に,「十七条憲法」の興味深い解説があった。第一条の「和」の精神とは,ただ周囲に同調せよという意味ではなく,「みんなが集まってさまざまな意見を述べ合う中から,物事の正しい道理を見い出そうとすること」を指すというのである。

なかなか面白いなあ,と思い,この際,ちょっと読んでみることにした。中公クラシックス版の『法華義疏(抄)・十七条憲法』である。内容は,聖徳太子の著した三経義疏(さんぎょうぎしょ)のうち「法華義疏」の抄訳と,「十七条憲法」の全訳である。あわせて,聖徳太子の最古の伝記「上宮聖徳法王帝説」の全訳も収録されている。

徹底した平等思想を説いた法華経の注釈「法華義疏」。日本最古の政治哲学書ともいうべき「十七条憲法」。聖徳太子についてはその実在も含めて議論があるところだけれど,これらのテキストが千数百年も前に成立していたことは確かであるわけで,そう思うと,なかなか感慨深いものがある。

「他人が正しいと考えることを自分は間違っていると考え,自分が正しいと考えることを他人は間違っていると考える。しかし自分が必ずしも聖人なのではなく,また他人が必ずしも愚者なのでもない。両方とも凡夫にすぎないのである。正しいとか,間違っているとかいう道理を,どうして定められようか。」(第十条)

「他人を嫉妬してはならない。自分が他人を嫉めば,他人もまた自分を嫉む。そうして嫉妬の憂いは際限のないものである。」(第十四条)

「重大なことがらは一人で決定してはならない。必ず多くの人々とともに論議すべきである。」(第十七条)

(ひ)

黒木亮『島のエアライン(上・下)』(毎日新聞出版)

伊丹空港から熊本を経由して天草空港まで、イルカ姿のプロペラ機が飛んでいる。
天草エアラインである。

島民の悲願であった天草空港の開港と、そこに乗り入れる航空会社の確保、それができないならばと自分たちで航空会社を立ち上げ、経営危機を乗り越えていくという、熊本の人達の奮闘を描いた小説。

まもなくバブルが始まろうとする1983年、物語は、細川護煕熊本県知事と、西武の総裁・堤義明が、一大リゾート開発を手がけるところから始まる。この小説は、すべての登場人物が実名で登場する「ノンフィクション・ノベル」である。(ということは、ここで堤氏が同伴してきた秘書=愛人、もほんとうにいたのだろうか?)

事実に基づくフィクションであるならば、いろいろと創作を盛り込むことも可能である。歴史小説であればそれはそれで割り切って楽しめるし、司馬遼太郎坂本龍馬をかっこよく描きすぎて龍馬が別人になってしまうようなことも出てこよう。ただこの場合、登場人物たちはまだ生きている。何が事実で何が事実でないのか、どう距離をとっていいのか、著者のペン遣いがどちらにもとれそうな感じなので、すこしイラッとすることもあった。テーマがとてもおもしろいだけに、ノンフィクション・ノベルというのは諸刃の剣だなぁと思う。

池井戸潤がこの話を書いたらどうなるのかな。下町ロケットではなく、離島のエアラインの話として。

島のエアライン 上

島のエアライン 上

 

 (こ)

塩田武士『歪んだ波紋』(講談社)

誤報」をテーマにした連作短編集である。塩田武士『歪んだ波紋』。

5つの短編が収められている。主人公はいずれも現役の新聞記者,あるいは元記者。それぞれの立場から,「誤報」に,そしてその背後にある「悪意」に気づかされる・・・。

記者としての事実との向き合い方。全国紙と地方紙の格差。女性記者の立場。そして,新聞とネットニュース。塩田武士は,この短編集を通して,新聞報道をめぐる現在の日本の状況を切り取っていく。

全般的に,松本清張へのオマージュにあふれている。タイトルの付け方も,それと,「真実」への迫り方も。個人的には女性の元記者を主人公にした第3話「ゼロの影」が良かった(ミステリ要素も強め)。

歪んだ波紋

歪んだ波紋

(ひ)

湊かなえ『ブロードキャスト』(KADOKAWA)

へえ、放送部。
西加奈子か、佐藤多佳子か、・・・え、湊かなえですか?

思えば10年前の『告白』は衝撃だった。そのイメージがずっと自分の中に付きまとっているので、表紙のデザインも含めてちょっと意外な感じがした。

舞台は高校放送部。ケガで陸上を断念した町田圭祐が、声の良さから放送部に誘われ、さまざまな困難を乗り越えて、仲間たちと全国大会をめざす、という学園青春小説。

最後の最後に、「あっ!」というどんでん返しもあって、十分に楽しい。

ごちそうさまでした。

 

ブロードキャスト

ブロードキャスト

 

 (こ)

中山元『アレント入門』(ちくま新書)/仲正昌樹『悪と全体主義―ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)

ハンナ・アーレント。今ちょっとしたブームである。
トランプ政権の誕生後,全米でその著作が再び売れ出した。日本でも昨年,『全体主義の起原』と『エルサレムアイヒマン』の新版が出版された。このうち『全体主義の起原』はNHKの「100分de名著」でも取り上げられ,そのテキストは直ちに増刷となった。

僕も前々から興味はあったものの,いきなり『全体主義の起原』とかを読破するのはハードルが高そうなので(その昔,佐々木毅が「あまり読みやすい作品ではない」と言っていたことが個人的に尾を引いているのかも・・・),まずは入門書で基礎固めをすることにした。中山元アレント入門』と,仲正昌樹『悪と全体主義ハンナ・アーレントから考える』である。前者は昨年出版され,後者は今年出版されたものである(やっぱりブームなんだな。)。

中山元仲正昌樹。それぞれがそれぞれの切り口でアーレントを紹介し,解説しているのが興味深い。

アーレントは,国民国家の崩壊後の世界において,一人一人がバラバラになっている「アトム化した状態」を大衆の特徴だと捉えた。どのような社会集団にも属さず,集団の利益に自己を同一化できない孤立した大衆は,自らに所属感を与えてくれる空想的なイデオロギーに惹かれる。そして,力強い指導者に服従することにより,その指導者と自己を同一視して全能感にひたり,自らの無力感から逃避する。

アーレントの分析は,現代社会においてもなお説得力を持ち続ける。

アレント入門 (ちくま新書1229)

アレント入門 (ちくま新書1229)


(ひ)

「ホーム」をめぐる7つのショートストーリー(ビッグイシュー日本版)

今号のビッグイシューは、15周年を記念して、「ホーム」をめぐる7編の短編集が巻頭特集になっていた。

曰く、
“ホーム”には、家、家族、故郷、故国、住処、居場所、隠れ場所、収容施設、乗降場、発祥地、本場、本拠地、陣地……など無数ともいえる意味があります。
ビッグイシューは15年間、仕事とビッグイシューの“ホーム”をつくり続けたいと願ってきました。
15周年を迎え、7人の作家の方々にお願いして、それぞれの“ホーム”を描いていただきました。

この間、ホームレスは公式記録では5分の1になったらしい。もっとも、日本社会全体はゆるやかに底抜けしてきているので、これからどうなるかわからない。
日本にもイギリス発祥のこのホームレス自立支援の方法を持ち込み、数億円の現金収入とそれを元手としたホームレス生活脱出というプロセスは、もっと評価されてよいと思う。

雑誌の方での経営は相変わらず苦しいらしい。
よろしければ、街頭の販売員さんから、あるいは定期購読を。

f:id:raku-napo:20180904223802j:plain

THE BIG ISSUE JAPAN342号 | ビッグイシュー日本版

(こ)

 

村田沙耶香『消滅世界』(河出文庫)

ディストピア小説か,それともユートピア小説か。村田沙耶香『消滅世界』。

2年前の芥川賞受賞作『コンビニ人間』は衝撃だった。何が普通で,何が普通ではないのかという感覚が,根元から揺さぶられた。その『コンビニ人間』よりも「遙かに力作」(佐藤優片山杜秀『平成史』p436)と評された本作品が文庫本になったというので,読んでみた。

・・・まあ,すさまじい小説ですね。

「恋愛」と「生殖」とが分離した近未来(orパラレルワールド)の日本が舞台である。実験都市・千葉では,「家族」というシステムを放棄し,社会全体で子供を育てる「楽園(エデン)システム」が採用された。主人公・雨音(あまね)の選択は・・・。

我々が当たり前だと思っていた「家族」とか「親子」とか,さらにいえば「社会」とかいった概念が,溶けていく。主人公は叫ぶ。「時代は変化してるの。正常も変化してるの。昔の正常を引きずることは,発狂なのよ」(p155),「世界で一番恐ろしい発狂は,正常だわ。そう思わない?」(p264)と。

何が「正常」で,何が「正常ではない」のか。僕らの感覚が,ぐらつく。

消滅世界 (河出文庫)

消滅世界 (河出文庫)

(ひ)