安野貴博『松岡まどか、起業します』(早川書房)

「侍タイムスリッパー」めちゃくちゃよかったです~~。
最初はベタなインディーズ映画かと思ったけれど、どんどん引き込まれていきました。
これもまた「探偵ナイトスクープ」が引き起こした奇跡の続き・・・。

 

さて、本書の作者は安野貴博氏。先日の東京都知事選で顔を名前を知った人だ。オードリー・タンを思わせる雰囲気、そして発想力と実行力。その彼が小説を書いたという(実際にはこれまでも書いていたらしい)。

冒頭、大学生・松岡まどかは、インターンとして働いていた大手人材会社から内定取り消しを受け、「起業詐欺」に遭って1年以内に企業価値10億円を実現しなければ1億円払わなければならないという契約書にサインしてしまう。
インターン先での彼女は冴えないただの大学生なのだが、そんな彼女には秘密の、そして誰にも負けないスキルがあった。

これはAIの近未来を予測した話であり、スタートアップをめぐる壮絶な生き残り競争の戦記でもある。

そして、生き馬の目を抜くスタートアップの世界は、生半可な覚悟で生き残ることはできない。実際に彼女は何度も危機を迎え、相棒も失う。最後、彼女が10億円企業を作るのだが、息つく間もなく次にはさらに大きなノルマが課せられる。

たしかにスタートアップは華やかな世界である。「世界に価値を残す」ことは人生の大きな目標たり得る。しかしその代償は大き過ぎはしないか?

日本の近未来がもしも作者の予想の通りなのであれば、日本社会は、あまたの屍を踏み越えてきた一握りのタフな人たちと、そこから脱落した人たちと、その入り口にすら立てない人たちと、完全に分断されてしまうのだろう。そこでは、誰にでも開かれた学校教育は無力と化してしまうことだろう。

今、「起業教育」が学校に入ってきている。しかし、「探究学習」でいつでも誰にでも問いが思いついて優れた研究ができるわけもないように、起業はそんな生やさしいものではないし、いつでも誰にでもやろうと思ってできるものでもない。

非常におもしろい経済小説でありSFであった。まさに異能の人、これからも彼には注目していきたいと思う。

(こ)