牧原出『田中耕太郎 闘う司法の確立者、世界法の探求者』(中公新書)

近現代史の中には、中高生レベルの教科書には出てこないけれど、確実に今の日本の姿の形成に寄与した人たちというのが少なからず存在する。

田中耕太郎も確実にその中の一人であろう。戦前は東京帝国大学法学部教授(後に法学部長)、戦後は文部省の局長から文部大臣、そして参議院議員を歴任した後、10年間にわたって最高裁判所長官を勤め、退官後はオランダ・ハーグの国際司法裁判所裁判官に就任した。カトリック信者でもあり、1960年には教皇ヨハネ23世との私的謁見も行っている。

本書はその田中耕太郎の評伝である。著者は牧原出氏。こちらも久々の一般書となる。

田中耕太郎といえば、裁判官は「世間の雑音」に耳を傾けてはならないとの発言に象徴されるように、「反動的」な最高裁長官とのイメージが付きまとう。しかしこれはあくまでもその一面にすぎない。

戦前は東大教授として大学自治を守ろうとし、戦後は文部大臣として教育基本法の制定に尽力した上、復古主義共産主義のいずれも排して新憲法を強く支持した。そして、最高裁長官としては、冷戦の激化と左右両勢力の激突という困難な時期において、脆弱な司法権を守り、裁判の独立を確保しようと奮迅していたものである。

著者はいう。「反動的」と呼ばれたのは、組織を守るための代償でもあった、と。

「闘う司法の確立者」との本書の副題が、読後、じわりと心にしみる。

牧原出『田中耕太郎 闘う司法の確立者、世界法の探求者』(中公新書


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