新海誠『小説 秒速5センチメートル』(角川文庫)

「ねえ、秒速5センチなんだって」
「え、何が?」
「桜の花びらの落ちるスピードだよ」

新海誠の作品のノベライズ版で、まだ読んでいなかったものを片っ端から読んでいる。その中から今回は『小説 秒速5センチメートル』を紹介。3作目の劇場公開作品の、監督自らの手になる小説版である。

新海誠『小説 秒速5センチメートル

ちょうど先週の週末から、映画『秒速5センチメートル』がリバイバル上映されているので見に行った。機材も技術も今とは異なる2007年の映画。果たして大スクリーンでは見劣りがしないか・・などというのは全くの杞憂であった。しんしんと雪が降る冬の深夜。夏の空を突き抜けるロケット。臨場感あふれる情景が、繊細さはそのままに(むしろより繊細に)、テレビサイズとは全く異なる迫力で迫ってきた。

映画は全3話からなる連作短編集の形式を取る。中でも第1話と第3話は、基本的に主人公のモノローグで進む上、現在と過去とが頻繁に切り替わる。ストーリーの描写は最低限にとどめられて、全体として詩的な雰囲気が漂う。

これに対して小説版は、基本的にストーリーを丁寧に追っていく。

映画版では描かれなかった背景事実や、繊細な心の揺れが、丁寧に描かれている。小説版とはいうものの、「あとがき」にもあるとおり、映画版と小説版は相互補完的な立場にある。

新海誠は「全て」を描き切らない。必ず、余韻を残す。その余韻が、心地よく心を揺らす。

新海誠原作・清家雪子漫画『秒速5センチメートル

ところで、こちらは清家雪子によるコミカライズ版。映画版の雰囲気をうまく残しながら、小説版に沿ってストーリーが進む。・・・と思っていたら、最後の最後でコミカライズ版のオリジナル・エピソードが追加。とあるキャラクターの「その後」を描いたもの。これだけでも、コミカライズ版を読む価値が十分ある。



(ひ)