垣谷美雨『七十歳死亡法案、可決』(幻冬舎文庫)

 去年「老後の資金がありません!」という映画が上映されて、主演の天海祐希さんが表紙にでかでかと描かれた原作本が平積みされていた。そのとき、原作者の垣谷さんという名前を知った。その後、書店で彼女の本に目が行くようになった。いずれもなかなかタイトルがおもしろくて、どれも社会のどこかでありそうなシチュエーションで、それが団地だったり男女の話だったり老後の話だったりバラエティに富んでいて、最初にどれに手につけようかいつも迷ったあげく、結局手にすることができないままでいた。

 えいっ!と手にしたのが『七十歳死亡法案、可決』。理由はただ、なんとなく。

 ある日、国会で七十歳になると安楽死するという法案が、与党の強行採決の結果、成立した。財政破綻は避けられず、もはや荒療治以外に選択肢がないという首相の説明は、国民的な議論を巻き起こす。与党にも高齢の議員が多いのになぜ成立したのかは、世の中の誰もわかっていない(どうも裏の法律があるという噂が流れる)。施行は2年後である。
 主人公の東洋子は専業主婦。夫は仕事を理由に家事を一切せず、姑の介護も妻に押しつけて好き放題している。息子は名門大学を卒業して銀行に勤めたが人間関係ですり切れて3年で退職、コミュニケーションが苦手なため再就職できないまま、引きこもっている。娘は家を出てひとりぐらしをしながら介護施設で働いている。夫と姑の仕打ちに耐えかねた東洋子は、ある日、家を出る。残された家族は・・・。

 超高齢社会、若者の貧困、ブラック企業、介護疲れ、引きこもり、年金破綻、熟年離婚などなど、今の日本社会のさまざまな事象が重なって、ほんとうにどこかの街にいてもおかしくないリアルな家族とその友人たちが、完全なフィクションの世界で日常を生きている。そのギャップがたまらない。

 なお、首相の馬飼野は45歳。洞察力と行動力に満ち、国民に語りかける言葉を持つ、エネルギッシュなリーダーである。本書は近未来SFであり、すべての国民への議論と政治参加の呼びかけでもある。

(こ)