大井篤『統帥乱れて 北部仏印進駐事件の回想』(中公文庫)

著者は帝国海軍の海軍大佐であり、アメリカ留学経験もあるいわゆる知性派幕僚のひとりである。その著者が第二遣支艦隊参謀として南シナ海での任務に当たっていた1940年の回想である。この年の9月、近衛内閣は援蒋ルートの遮断のために北部仏印に進駐し、これに対してアメリカは日本へのくず鉄禁輸措置に踏み切り、一方で日本はヒトラーに心酔して日独伊三国同盟を締結した。

このとき、北部仏印進駐を前のめりになって主張する陸軍の方針に、海軍は真っ正面から反対する。現地の陸海軍の意見が最後までかみ合わない中、暴走する陸軍に反発してとうとう海軍が作戦から離脱する。タイトルの「統帥乱れて」とは、このときに東京に打電された「統帥乱レテ信ヲ中外ニ失フ、今後ノ収拾ニ関シ小官等必ラズ一応東京ニ帰リ報告ノ必要アリト確信ス」という電文の一節である。

その後、深刻化した現地の陸海対立を修復するための反省会が開かれるが、そこでの検討は不十分であり、かつ海軍首脳は大命違反を繰り返す陸軍に妥協することを選ぶ。著者は、本事件の反省を活かすことなく臭いものに蓋をして終わったことに、その後の大きな失敗の原因を見る。

もちろん戦後の著作であり、陸軍の横暴に対して海軍の立場を守るものとも読める。しかし、1940年の時点ですでに軍はガバナンスが欠如した状態にあり、東條の派閥人事がさらにこれを加速していったことは事実であろう。まぁ、そりゃ負けるわ、のひとことに尽きる。

1984毎日新聞社より刊行された単行本を文庫化してこのたび復刊。阿川弘之による底本の帯推薦文のほか、半藤一利による著者インタビューと、大木毅による解説つき。中公文庫からは他にも高級将校クラスによる回顧録が刊行されている。

(こ)