相原瑛人『ニューノーマル』(コミックアウル)
「僕たちが生まれる少し前,ひとつの感染症が世界を変えた」
感染症の流行によって,マスクの常時着用が義務づけられた近未来の日本。家族以外の口元を見ることなどおよそない中で,高校生の秦くんは,ふとしたことからクラスメイトの夏木さんの「くち」を見てしまい・・・。
他人に「くち」を見られることが恥ずかしい世界。「くち」を見た・見られた高校生男女の間に生じる感情。倒錯的な雰囲気の漂う本作は,やがて「壁の向こうに閉ざされた東京」「感染地区を封鎖するための防疫壁」「武器を携えた『防疫隊』」などの近未来SF要素が加わり,思わぬ方向へと読者をいざなう。
高校が「午前組」と「午後組」に分かれていたり,ふざけ合う生徒たちに対して教師が「ディスタンス!」と叫んだり,校舎の中の監視カメラが常に生徒の体温をチェックしていたり・・・。ありそうでない,いやでもひょっとしたらこんな未来あるかも,と思わせるいくつもの描写に心が揺さぶられる。
単なる青春マンガの域を超えた,コロナ下の世界ならではのディストピア作品である。
東元俊哉『プラタナスの実』(ビッグコミックス)
北海道・北広島市を舞台にした,小児医療をめぐる物語。
小児科医の鈴懸真心(まこ)。川崎市内の病院でバイトをしていたが,ある日,疎遠にしていた父からの手紙を受け取り,北広島市に向かうことに・・・。
すぐれた医療ドラマであるとともに,しっかりとした人間ドラマでもある。父との確執。兄との対立。そして,自身の小児科医としての生き方――。様々な病気を抱える患者とその家族の気持ちにも寄り添いながら,ストーリーが紡がれていく。
ここかしこに挟まれる北広島市の風景がよい。雪の降り積もった町。JRの列車。そして建設中のボールパーク。現実社会とシンクロしているような感覚すらただよう。
作者は『テセウスの船』の東元俊哉。本作もまた,映像化向きの作品である。現状では病院でのロケなどはまず難しいのだろうが,コロナが収束すれば,ぜひぜひ映画化・TVドラマ化を!
松井優征『逃げ上手の若君』(ジャンプコミックス)
その少年は逃げる事で英雄となり,生きる事で伝説となった――。
前にもちらっと書いたけれど,「中先代の乱」の北条時行をテーマにした作品である。作者は『暗殺教室』の松井優征。連載先はもちろん,週刊少年ジャンプである。
いやそんなマイナーな主人公を・・・などと思ってはいけない。本作は「史実を元にした創作娯楽作品」(2巻の作者コメントより)。少年が仲間とともに困難に立ち向かうという,少年漫画の王道を行く作品である。
とにかくキャラクターが濃い。特に敵方。信濃守護・小笠原貞宗はどのコマを見ても強烈。そして足利尊氏(もちろん悪役)の圧倒的ラスボス感がすごい。こんなのに勝てるわけが・・という悲壮感,絶望感さえただよわせる。
第1巻ではその独特のノリに若干ついていけないところもあったが(ごめんなさい),第2巻では俄然面白くなり,終盤ではキーマンとなる護良親王も登場。各巻の巻末には本郷和人の解説もあって,お得感満載である。
(ひ)