柞刈湯葉『横浜駅SF』(カドカワBOOKS)

 ディストピア小説である。
 冬戦争で世界が終わって数百年が経った未来の日本列島は、化石燃料が枯渇した世界で、その大部分を自己増殖を繰り返す「横浜駅」に覆われて、人々はSuikaを埋め込んで横浜駅に管理されながら、エキナカで食糧やエネルギーを与えられて暮らしていた。エキナカから吐き出される廃棄物とわずかな農地で生計を立てる九十九段下の非スイカ住民ヒロトは、あるとき、駅への反逆で追放された男から「18きっぷ」を渡され、ヒロトは初めて、エキナカに足を踏み入れた。有効期限は5日間、めざすは横浜駅42番出口。 

 横浜駅の「感染」が少しずつ広がっていく描写は、コロナ禍の今まさにとても生々しく響く。
 横浜駅が消滅しても、家畜化されたエキナカの住民は生きてはいけないだろう。そして横浜駅に対抗するために軍国主義化したJR北日本もJR福岡も、崩壊せざるを得まい。四国のように無政府状態になる。それははたして人類の解放なのだろうか。
 Suikaを攪乱させるプログラムがICoCarだとか、登場する武器がN700とかDD51だとか、ところどころ芸が細かい。また、アニメーター田中達之氏のイラストが、独特の世界観を見事に表現していて、味わい深い。

 この本は、『BUTTER』と同じく、2018年中学生ビブリオバトル全国大会で紹介されたものだ。動画を見た中1の生徒たちの評価は『横浜駅SF』が1位だったので、『BUTTER』が優勝と発表されたときには一斉に「え~!?」という声が上がった。

 ところで作者のイスカリさん、つい先日、pfyzerのCOVID-19ワクチンに関する記事を邦訳していたので、本業はこちらでしたか、なるほど、どうりであのような徹底的に行間にスキマのないハードな文章が書けたものだと納得した。

横浜駅SF【電子特典付き】 (カドカワBOOKS)

横浜駅SF【電子特典付き】 (カドカワBOOKS)

 

 (こ)