ブレイディみかこ『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』(筑摩書房)

 「ワイルドサイドをほっつき歩け(Still Wandering around the Wild Side)」という本を職場の机の上においていたら、バンドマンの英語の先生が「お、"Walk on the Wild Side"やね?」と声をかけてきてくれた。こちらはそちらの知識はからっきしなので「??」という顔をしていたら、「ルー・リードは※$&♪*@」・・・とまぁ、わかる人にはわかるタイトルらしい。

 こちらは「ハマータウンのおっさんたち」という、社会学徒の必読書『ハマータウンの野郎ども』(ポール・ウィリス)を当然に意識して狙ってきたサブタイトルに、見事に引き寄せられて手に取ったわけなのだが、ルー・リードとポール・ウィリスを両方ぶっ込むような大それたタイトルが、決して看板倒れになっていないのが、この本のすごいところである。

 この本には、イギリス南東部の労働者階級のおっさんにまつわる21のエッセイが収録されている。暑苦しく酒好きで義理堅く情に厚く、世渡りが下手で議論に弱くちょっとやぶれかぶれっぽいけれど、したたかに日々を生き抜いている、そんな著者の連れ合い氏の友人たちの物語である(彼らはちょうど『ハマータウンの野郎ども』で描かれた少年たちの世代であり、40年経っておっさんになった彼らが今どうなっているか、という追跡の書となっている)。

 また本書はBrexitをめぐるイギリス社会を伝えるルポルタージュでもある。

 憎悪。という言葉が胸に浮かんだ。きっと英国在住の移民はこういうことにいま過敏になっている。それだけでも、ブレグジットというのはけっしてすべきではない有害な投票だった。英国人の剥き出しの本音を見てしまった我々移民は、以前のように彼らを信じられなくなってしまったからだ。(「いつも人生のブライト・サイドを見よう」p.88)

 トランプ大統領誕生のときのアメリカでもいわれたことだが、日本のマスコミ関係者やビジネス関係者が接するアメリカ国民が、トランプ現象を引き起こした張本人とは別の世界の住人だったために、アメリカの深層で起きている変動を日本に伝えきれなかったのと同じように、ブレグジットを引き起こしたイギリスの労働者階級のことについて、どれだけ日本で伝えられてきただろう。愛すべきおっさんたちを通して、著者は崩壊した福祉国家・イギリスの今を描き出す。その姿はもしかすると日本の近未来像なのかもしれない。

 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の姉妹編・・・いや、親子編である。

 (こ)