トゥキュディデス『戦史』(久保正彰訳・中公クラシックス)

こんな時こそ重厚な古典をと思っていたところ,たまたま再販になっていたので読んでみた。中公クラシックス版・トゥキュディデス『戦史』。言わずと知れた,ペロポネソス戦争(紀元前431年~404年)を叙述した作品である。
 
トゥキュディデスはリアリストである。戦争を題材にしながら,特段の英雄譚もなければ,精神論も出さず,ましてや神話伝承の類にも一切触れない。専ら,人の営みとしての戦争を,そして政治を淡々と描いていく。内乱時における混乱状態や,二大超国家(アテナイとスパルタ)に翻弄される中小国家の描写などは,そのまま現代の政治学の教科書として通用する話であろう。
 
また,戦争中,外国から持ち込まれた疫病がアテナイで猛威をふるう(今の世の中と通ずるものがある)。本書は戦争の描写にとどまらず,疫病に罹患した人々の症状,町の混乱ぶりなどを丹念に描写している。
 
様々な指導者の演説が多く収録されているのも特徴的である。中でも,戦没者合同追悼式におけるペリクレスの演説が秀逸。アテナイが民主政を採用していることに誇りを持ち,自由の気風を歌い上げつつ,死者を悼み,そして遺された家族らを思う。現在なお欧米の政治家において演説の手本となっているというのも,納得である。
 
戦史 (中公クラシックス)

戦史 (中公クラシックス)

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