門井慶喜『定価のない本』(東京創元社)

 門井慶喜、ミステリーを書く。

 昭和21年8月15日、神田猿楽町の倉庫で、ひとりの古書店主が命を落とした。本が雪崩をうって落ちてきて、折れた肋骨が内蔵に刺さったのだという。亡くなった芳松の先輩でありライバルでもあった琴岡庄治は、事後処理を引き受ける。芳松の妻のタカは「望月不欠」という聞き慣れない人物から、芳松が大量の注文を受けていたことを庄司に伝える。その後、タカは殺され、庄司もまた、事件に巻き込まれていく(ついでに徳富蘇峰太宰治も巻き込みながら)。

 この本をどう評するべきか。ミステリーだからネタバレしてしまうといけないので、内容には深入りしないが、帯に書かれた「古書店主たちの“戦争”はまだ終わっていない」というコピーの意味が、読み進めるに従って明らかになる。これは文化戦争であり歴史戦争なのだ。

 文化を守るということは、当たり前のことではない。
「いまの日本人はみんな、古典が読めるのは当たり前だと思っている。水が無料で飲めるようなものだって。でも古典は、水とはちがう。水のようにもともと『そこにある』ものじゃない。誰かが明確な意志と、知識を以て、それにいくらかの偶然の力も借りて、いっしょうけんめい努力しなけりゃ『そこにある』ことは不可能なんだって・・・つまり古典は『のこる』ものじゃない、誰かが『のこす』ものなんだ。」(エピローグ)

 ただ、ミステリーとしてはかなり消化不良。プロローグとエピローグも余計。ミステリーにしなくても、モデルとなった実在の古書店主・反町茂雄の半生記でよかったんじゃないのかな・・・?
 もともと門井氏は推理小説作家としてデビューしたということなので、もう少し期待していたのだけれど・・・残念。

 消化不良な理由はもうひとつ。
 かつて、目立ちたがりで上昇志向と権力志向の強い放送作家が、零戦乗りをネタに本を書いたら、そっち方面から祭り上げられて、今や大物言論人の先生となった(あの本は、読み方によっては戦争指導者の無責任な戦争指導を糾弾する本なんだけれど)。
 この本も、GHQによるWGIP(War Guilt Information Program)を想像させる場面が随所に見られ、新潮社にヨイショされようとして金ピカになったあのおっさんの本に似た、一抹の不安を感じさせる本でもあった。

定価のない本

定価のない本

 

 (こ)