奥田英朗『コロナと潜水服』(光文社)

 表題の「コロナと潜水服」をはじめとする5本の短編集。
 いずれも、主人公の元に不思議な出会いがおとずれる。
 湘南の古民家での少年との出会い。「追い出し部屋」でのボクシングコーチとの出会い。人気プロ野球選手とつき合うフリーアナウンサーの占い師との出会い。新型コロナウィルスが見える息子。真っ赤なフィアットパンダのカーナビが連れて行く先には・・・。

 奥田ワールド、健在。

(どれもよかったけど、個人的には「パンダに乗って」がいちばん気に入ったかな。)

 紙の本では最後のページにQRコードが印刷されていて、Spotifyで作品中に登場する音楽を聴くことができる。新しい方法じゃないだろうか。

コロナと潜水服

コロナと潜水服

 

 

 

宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)

西條奈加『心淋し川』が直木賞に輝きました! おめでとうございます!
また,町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』が本屋大賞ノミネート入り! さらに当ブログで紹介した本の中では,伊坂幸太郎『逆ソクラテス』もノミネート入り! 大賞発表は4月14日とのこと。さてどうなるか・・。

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さて。

宇佐美りん『推し、燃ゆ』である。今週,芥川賞を獲得し,さらに本屋大賞にもノミネートされた。これは読まざるを得ない。

女子高生の「わたし」は,アイドルの大野真幸を「推し」ている。そんなある日,真幸がファンを殴ったというニュースが流れてきて・・。

まあとんでもない小説である。これまで刹那的な生き方をする主人公というのは純文学の世界には山ほどいたが,女子高生にその役をあてがったのは数少ないのではないか。ましてや本作品の主人公は,明言はされていないものの,何らかのハンディを抱えているっぽい(外見からは分からない系の)。文学もついにここまで来たか,と思う。

描写はリアルである。どのシーンも胸に刺さる。「推し」の誕生日にケーキを食べるシーンは,いろいろな意味で「うっ」と来た。

本作品の文体にも言及しておきたい。ここ2,3年ほどの間に,日本語というものは大きく変化した。特にSNSの普及が大きい。本作品は,まさに「今」におけるSNS,ブログ,女子高生の話し言葉から「おっさん構文」(p89)までをいずれも的確に文字化する。それでいて地の文は,これまでの純文学の作法に則った,しっかりした文体である。

主人公にハンディを抱えさせた点も含めて好き嫌いははっきりと分かれそうだが,でもこれだけ支持を集めているのは確か。おもしろい才能を持つ人が出てきた。

【第164回 芥川賞受賞作】推し、燃ゆ

【第164回 芥川賞受賞作】推し、燃ゆ

(ひ)

新川帆立『元彼の遺言状』(宝島社)

 腕利きの若手弁護士・剣持麗子は、奇妙な遺言にかかわることになる。森川製薬の御曹司の莫大な遺産を、自分を殺した犯人に譲るが、ただし、犯人が見つからなければすべて遺産は国庫に納める、というものだ。しかもその遺言状の作者は3か月だけつきあった元カレで、彼女自身も遺言の対象としてこの一件に巻き込まれていく。
 華やかな東京での法知識を駆使したバトルかと思ったら、舞台は一転して軽井沢に移る。ポアロでも出てきそうな、別荘地でのミステリーだ。そして第二の殺人事件、さらに次々と新たな登場人物が現れて・・・。
 息もつかせぬミステリーである。やられた。

 著者の新川さんは、なんでも、作家として誰も書いたことのない小説を書きたくて、そのために弁護士になったんだとか、いやはや。

 ともあれ、ミステリーの世界に、新たなスタープレーヤーの登場である。
 剣持麗子の次の活躍が、今から待ち遠しい。

 

元彼の遺言状

元彼の遺言状

 

(こ)

 

瀬尾まいこ『夜明けのすべて』(水鈴社)

来週はいよいよ直木賞の発表,そして本屋大賞ノミネート作の発表があります。
直木賞西條奈加『心淋し川』を推します。本屋大賞ノミネート作は・・いろいろ思い浮かぶけれど,やはり町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』でしょうか。今村翔吾『じんかん』も良かったなあ。このあたりが入ってくれると嬉しいところです。

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さて。

こういうご時世に,少しだけ,心温まる話を。瀬尾まいこ『夜明けのすべて』。

藤沢美紗,28歳。PMS(月経前症候群)。
山添孝俊,25歳。パニック障害
心身に不調を抱える2人の,日々の物語である。

本作品のテーマは重く,また病状の描写もリアルである。それでも本作品は,読んだ人を前向きにさせてくれる「力」がある。

美紗と孝俊。話は2人の視点を交互にしながら進む。この2人の距離感が良い。恋愛感情は(おそらく)ない。2人とも普段は口数が多い方ではないのだけれど,2人の間では,ずばずばと言いたいことを言い合う。そういう関係,読んでいても楽しい。

人間,一人じゃないんだよ,必ず誰かが見てくれているんだよ。そんなメッセージが伝わる作品である。

夜明けのすべて

夜明けのすべて


(ひ)

柚木麻子『ナイルパーチの女子会』(文春文庫)

ナイルパーチって、こんな魚。(Wikipediaより)
 ↓

 アフリカに住む大型の淡水魚で、大きいものは全長2m、体重200kgにもなる。肉質は淡泊な白身で食用として需要が高く、ヨーロッパや日本の食卓にも上っているそうだ。放流された川や湖では、凶暴な性格ゆえに在来種を食い尽くし、生態系に深刻な影響を及ぼしているらしい。日本ではかつては白スズキと呼ばれていたのだとか。
 ナイルパーチも、人間の都合で放流されなければ、危険な外来種呼ばわりされることなく、自分の居るべき場所で幸せに暮らしていたのに・・・。

 本作品の主人公は、このナイルパーチタンザニアから輸入するプロジェクトを任された栄利子。彼女には同性の友達がいない。その理由はすぐに明らかになる。
 栄利子のストーキング被害に遭った翔子も、かつて同じ被害に遭った圭子も、栄利子の対極にいるはずの真織も、すべての登場人物が痛々しい。登場する男性たちも(栄利子の父も、翔子の夫も父も、栄利子の同僚で真織の婚約者である杉下も)、それぞれに虚勢を張りながら必死で息をしている。

 「あんたが嫌いっていうより、むしろ、見てると自分の恥部がえぐられるみたいで、みんな、居たたまれないんだよ。」という真織の台詞がある。(32章)

 これだ。
 自分もまた、今、恥部をえぐられながら、給湯室での彼女たちの戦いに参加している。栄利子は自分であり、翔子も真織もまた、承認と共感と安らぎをもとめて必死にもがく、自分の姿なのだ。

 前に読んだ『BUTTER』の評価は大きく分かれるらしく、直木賞選考委員のあいだでは酷評だったという。それならば、と手に取ったのが本書だった。こちらは高校生直木賞に選ばれているので、きっとそれなりにストレートな作品なんだろう、と勝手に推察していたのだが・・・違った。高校生のみなさん、ごめんなさい、なめてました。
 『BUTTER』が首都圏連続不審死事件の木島早苗をモデルにしているならば、本作は東電OL殺害事件が下敷きとなっている。栄利子は殺されはしないが、心を病む。
 大団円は訪れない。微妙な後味が残るのだが、それでもなぜか心を鷲づかみにして離さない魔力がある。これは作品の力なのか、麻薬的な何かなのか?

 本作品は今月末から、テレビ東京が氷川あさみ主演でドラマ化されるらしい。どういう表現をしてくるのだろう。

 最後に、BUTTERといい本作品といい、もしかするとこの読後の胃もたれ感の原因は、情報量の多さによるものかもしれない。彼女が、足し算ではなく、引き算で書くようになったとき、彼女の作品は異次元に突入するのかな、しらんけど。

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半藤一利先生のご冥福をお祈りします。

ナイルパーチの女子会 (文春文庫)

ナイルパーチの女子会 (文春文庫)

 

(こ) 

ディケンズ『二都物語』(池央耿訳・光文社古典新訳文庫)

今度はイギリス文学を読むことに。ディケンズ二都物語』。

フランス革命前後のロンドンとパリを舞台にした,重厚な群像劇である。

登場人物は多数に上るが,中でもバスティーユに幽閉されていたマネット医師とその娘・ルーシー,両名を見守る銀行員ロリー,それにルーシーに想いを寄せる亡命貴族ダーネイと弁護士カートンを軸に,話は進む。

歴史に翻弄される人たち。暴徒と化す群衆。理不尽な身柄拘束。

これまでディケンズは『クリスマス・キャロル』くらいしか読んだことがなかったが(ごめんなさい),改めてその作家としてのすごさが感じられた。

山本史郎氏による巻末解説がまた,良かった。物語のテーマや背景を分かりやすく説明し,ディケンズの描写のすばらしさを伝える。例えば,ワイン樽が壊れて街路にワインが流れ出すシーン(上巻・50頁)での群衆の描き方につき,山本氏はいう。

「人々の描写といい,象徴性を帯びた赤い液体といい,まるで,現代映画のすぐれたカメラワークを見ているようではないか。ディケンズは写真がようやく広まり始めた時代に,百年先の映画手法を先取りしていたのだ。」(下巻・333頁)

この解説込みで,本当に良い作品である。

二都物語 上 (古典新訳文庫)

二都物語 上 (古典新訳文庫)


二都物語 下 (古典新訳文庫)

二都物語 下 (古典新訳文庫)


(ひ)

柞刈湯葉『横浜駅SF』(カドカワBOOKS)

 ディストピア小説である。
 冬戦争で世界が終わって数百年が経った未来の日本列島は、化石燃料が枯渇した世界で、その大部分を自己増殖を繰り返す「横浜駅」に覆われて、人々はSuikaを埋め込んで横浜駅に管理されながら、エキナカで食糧やエネルギーを与えられて暮らしていた。エキナカから吐き出される廃棄物とわずかな農地で生計を立てる九十九段下の非スイカ住民ヒロトは、あるとき、駅への反逆で追放された男から「18きっぷ」を渡され、ヒロトは初めて、エキナカに足を踏み入れた。有効期限は5日間、めざすは横浜駅42番出口。 

 横浜駅の「感染」が少しずつ広がっていく描写は、コロナ禍の今まさにとても生々しく響く。
 横浜駅が消滅しても、家畜化されたエキナカの住民は生きてはいけないだろう。そして横浜駅に対抗するために軍国主義化したJR北日本もJR福岡も、崩壊せざるを得まい。四国のように無政府状態になる。それははたして人類の解放なのだろうか。
 Suikaを攪乱させるプログラムがICoCarだとか、登場する武器がN700とかDD51だとか、ところどころ芸が細かい。また、アニメーター田中達之氏のイラストが、独特の世界観を見事に表現していて、味わい深い。

 この本は、『BUTTER』と同じく、2018年中学生ビブリオバトル全国大会で紹介されたものだ。動画を見た中1の生徒たちの評価は『横浜駅SF』が1位だったので、『BUTTER』が優勝と発表されたときには一斉に「え~!?」という声が上がった。

 ところで作者のイスカリさん、つい先日、pfyzerのCOVID-19ワクチンに関する記事を邦訳していたので、本業はこちらでしたか、なるほど、どうりであのような徹底的に行間にスキマのないハードな文章が書けたものだと納得した。

横浜駅SF【電子特典付き】 (カドカワBOOKS)

横浜駅SF【電子特典付き】 (カドカワBOOKS)

 

 (こ)