鹿島平和研究所・PHP総研編『日本の新時代ビジョン 「せめぎあいの時代」を生き抜く楕円形社会へ』(PHP新書)

 帯に「「変われない日本」をいかに変えるのか?」とあって、その下になかなかおもしろそうな顔ぶれが並んでいたので、購入。基本的に雑誌「Voice」に連載された対話記事を加筆修正したものなので、バスの中で読むにはちょうどいい(目次では3部構成になっているが、そのうち第2部「対話編」が400ページ中300ページ)。アートの話とAIの話と企業の話と自治体の話と歴史の話とが、シナジー効果というか、読み進めるうちに次第に結びついてふくらんでいく。

 ここに登場する人たちに共通することは、足し算や引き算でもなく、かけ算で世界を見て行動しているということ、視野が広く、いい意味でとてもポジティブだということ、かな。
 めざすべきは、強さではなく、しなやかさ。

 

目次

はじめに

第一部
なぜ私たちは変わらなければならないのか
四つの「せめぎあい」から見る現代社
グローバル化と国家の復権
工業化とデジタル化
テクノロジーの活用とリスク社会化
ヒエラルキーとネットワーク
第二部
対話篇
爆発するルネサンス
御立尚資(ボストン コンサルティング グループ シニア・アドバイザー)
日本軍のパラダイムを考える
戸部良一防衛大学校名誉教授)
国家を守る保険制度
片山杜秀慶應義塾大学教授)
人間とチンパンジーを分けるもの
長谷川眞理子総合研究大学院大学学長)
AIは意味を扱えない
西垣通東京大学名誉教授)
大学に一〇兆円の基金
安宅和人慶應義塾大学教授)
日本版故宮をつくれ
椿昇現代美術家
食こそ最強の観光ツール
本田直之レバレッジコンサルティング株式会社代表取締役CEO)
ディープラーニングの実装
長谷川順一(Preferred Networks執行役員 最高業務責任者)
「わがまま」を認める会社
青野慶久(サイボウズ代表取締役社長)
「厳しい人本主義」への回帰
伊丹敬之(国際大学学長)
株主重視と社員重視のあいだ
三品和広神戸大学教授)
デジタルトランスフォーメーションの挑戦
湯崎英彦広島県知事)
アジアのリーダー都市へ
高島宗一郎(福岡市長)
小さな世界都市をつくる
片山健也(ニセコ町長)
謎の国・日本を言語化せよ
大屋雄裕慶應義塾大学教授)
同調圧力を超えるエビデンス
宮田裕章(慶應義塾大学教授)
第三部
せめぎあいの時代を生き抜くために
1.
せめぎあいの時代には楕円型の社会を
2.
新たな中心をつくるための三つの「場」
  • 「地域」が変える、「地域」が変わる
  • 社会とつながる「企業」に人材が集まる
  • もっとも変わることを迫られている「教育」
3.
この時代を日本が生き抜くための五つの原則
  • ① 人を大切にする社会、人に投資する日本に
  • ② 言葉・歴史・風土に根ざす価値を再発見し、世界に伝えられる日本に
  • ③ 変化の兆しを受けとめ、学び合える、寛容な日本に
  • ④ 検証可能な記録を残し、自らを律し育てる日本に
  • ⑤ 情報を共有し、みんなで未来を決めることができる日本に
4.
むすびにかえて

 (こ)

再び,コミック5選

好評(!?)につき,コミック5選・第2弾!
最近読んだ中から5つの作品をピックアップ!

 

遠藤達哉「SPY×FAMILY」第5巻(ジャンプコミックス

のっけから超メジャー作で申し訳ないが,でも面白くて仕方がないので紹介します。

東西冷戦時代。凄腕スパイの〈黄昏(たそがれ)〉は,名門校潜入のために仮の家族を作るよう命じられる。そこで出会った「娘」はエスパー,「妻」は暗殺者! しかも互いに正体を隠していて・・・。

基本的にはコメディだが,シリアス要素もあり,また感動要素もあったりする。キャラクターの造形も秀逸。中でも「娘」のアーニャがとにかく良い。見ているだけで楽しい。

第4巻は長めの話ということもあり,ややシリアスに振れていたが,最新刊の第5巻ではコメディ路線が復活。新キャラ〈夜帷(とばり)〉も登場し,ますます目が離せません。

SPY×FAMILY 5 (ジャンプコミックス)

SPY×FAMILY 5 (ジャンプコミックス)

  • 作者:遠藤 達哉
  • 発売日: 2020/09/04
  • メディア: コミック


ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第5巻(ビッグコミックススペシャル)

伊勢新九郎北条早雲)の若き日々を描いた物語。

文正元年(1466年)。伊勢盛定の子・新九郎は,伯父の室町幕府政所執事伊勢貞親の屋敷で暮らすこととなった。幕府では当時,将軍の跡継ぎ問題をはじめとする権力争いが勃発し・・。

本作品は,応仁の乱の時期における京都,そして地方の様子を,一少年である伊勢新九郎の目線から描いた作品でもある。勃発的に始まり,正義も悪もなく,英雄もいないままずぶずぶと続いた戦乱。呉座勇一が『応仁の乱』で著した世界が,目の前に広がる。

第4巻からは,荏原(岡山県井原市)を舞台とする「領地経営編」に入った。父・盛定の名代で領地に入った新九郎だが,そもそも盛定はずっと京にいた不在領主(室町時代にありがち・・)。新九郎の奮闘は,いかに。

登場人物がとにかく多いが,伊勢家の者だけでも人物関係図(家系図)を作っておけばOK。様々な人の,様々な思惑が入り乱れる本作品をより深く楽しめる。


佐々大河『ふしぎの国のバード』第7巻(ハルタコミックス)

明治初頭,東京から蝦夷(北海道)までを旅した英国人女性のイザベラ・バード。本作はその旅を描いた作品である。

今から100年以上の日本。風習,習俗,衛生観念など,現代の僕らからしてもまさに「ふしぎの国」。イザベラ・バードは,通訳のイト(伊藤鶴吉)とともに,日本の奥深くへの旅を続ける。

最新刊の第7巻では秋田に到着。これまでの旅で出会ったあの人,この人も久々に登場。いやあ,懐かしい。

第1巻の刊行当時(2015年)からずっと読み続けている。最近は1年に1冊ずつの刊行ペースになってきているけれど,その分,1巻1巻がいとおしく感じられる。バードの旅は,まだまだ続く。

ふしぎの国のバード 7巻 (ハルタコミックス)

ふしぎの国のバード 7巻 (ハルタコミックス)

  • 作者:佐々 大河
  • 発売日: 2020/08/12
  • メディア: コミック


・(原作)河本ほむら(作画)木綿八十子『リーガルエッグ』第1巻(イブニングKC)

裁判官・検察官・弁護士になるためには,司法試験合格後,約1年間の司法修習――すなわち「民事裁判」「刑事裁判」「検察」「弁護」の実務修習と,司法研修所での集合修習を受けなければならない。『リーガルエッグ』は,その司法修習生を主人公にした作品である(これまでそんな作品,なかったのでは。)。

第1巻では検察修習が開始。万引き,窃盗などといった事件を前に,司法修習生・筒松誠は悩みながらも成長していく。

指導担当の佐藤静流検事のキャラが良い。口元は常に笑みを浮かべ,でも目は笑っておらず,それでいて修習生との会話をどこか楽しんでいるようでもある。

いよいよ・・というところで第1巻が終わってしまった。第2巻,楽しみである。

リーガルエッグ(1) (イブニングKC)

リーガルエッグ(1) (イブニングKC)


藤原カムイ(原作:上橋菜穂子)『精霊の守り人』全3巻(ガンガンコミックス)

最後はこちら。小説を読み終えた勢いで,コミックスにも手を出した。藤原カムイによるコミカライズ版である。

原作での世界観が,そのまま「絵」になっている。ああ,バルサたちが見ていた景色は,こんな感じだったんだな・・・。

再び,「精霊の守り人」の世界に浸ることができた。

精霊の守り人 1巻 (ガンガンコミックス)

精霊の守り人 1巻 (ガンガンコミックス)


(ひ)

 

高橋誠『かけ算には順序があるのか』(岩波書店)

事実は小説よりも奇なり。なんだかいろんな意味で、最近ちょっと小説が喉を通らない。

本書は、算数教育史家の著者が、かけ算の順序をめぐる論争を「算数教育」と「数学」との往復の中で過去にさかのぼって整理したもので(第1章)、そこから「九九」の歴史、世界の「九九」(第2章)、さらには序数と基数の話(第3章、少し唐突でいささか蛇足気味)にまで話がふくらんでいく。1950年代には文部省はかける順序を明示していたが、現在では文科省としては順序があるともどちらでもいいとも明言していないらしい。かけ算の順序問題に対する著者の結論は「量のかけ算にも交換法則が成り立ち、同一の事態を同一に解釈して記述が異なるだけのものの片方だけを不正解とするべきではない」というものである。

混乱の根源は、抽象的な数学と生活単元学習的な算数との違いがあるところに、さらに計算の手段であるはずの式に国語的意味を盛り込んだところにあるのだろう。本書の出版は2011年なのだが、残念ながら10年経っても相変わらず同じことが日本中で起きていて、今日もtwitter上では、かけ算の順序をめぐる、親と教師と数学者たちのバトルが繰り広げられている(結局、先生がどれだけ数学の素養を持っているかに尽きる気がするのだが、小学校のすべての先生にそこまで期待するのは酷。これは教科教育法一般にいえることで、社会科教育の世界にもある話)。

さあて、めんどくさいと文句いいながら「さくらんぼ計算」を無事に乗り越えたうちのチビは、次に立ちはだかるこの順序問題にどう立ち向かうのだろう?

 (こ)

河野裕『昨日星を探した言い訳』(角川書店)

前から少し気になっていた本。最後は表紙デザインに惹かれて購入。河野裕『昨日星を探した言い訳』。

全寮制の中高一貫校・制道院学園。坂口孝文は,中等部2年で転入してきた茅森良子と図書委員を務めることになった。茅森は,「平等な社会」を創ることを目指していた・・。

本書のテーマの一つは,「差別」である。出自による差別。性差による差別。どのように乗り越えるべきなのか。いや,そもそも乗り越えるべきものなのか。登場人物らはそれぞれの見解を持ち,時には意見をぶつけ,時には傷つく。

・・とはいいつつも,本書はそれでいてしっかりとしたエンタメ小説に仕上がっている。硬質でありながらも機知に富んだ会話。幻の脚本「イルカの唄」をめぐる謎。最後の最後まで,どきどきしながら読むことができた。

昨日星を探した言い訳

昨日星を探した言い訳

  • 作者:河野 裕
  • 発売日: 2020/08/24
  • メディア: 単行本

(ひ)

播田安弘『日本史サイエンス』(講談社ブルーバックス)

空想科学読本」とか、科学の力でいろんなものを解き明かしてみようという試みは、楽しいものである。
本書は、 造船技師の著者が、蒙古襲来・秀吉の中国大返し戦艦大和の3つについて、造船あるいは物流という観点から、「謎」を解き明かすものである。

個人的には蒙古襲来がいちばんおもしろかった。元軍の軍艦を図面を引いて再現し、当時の玄界灘から博多湾のようすをシミュレーションするあたりは、さすがである。元軍は玄界灘の荒海で体力を消耗し、兵站に失敗し、最後は走錨が発生して大混乱に陥る。迎え撃つ鎌倉武士たちの統制のとれた戦いの前に、元が敗れたのは必然だという結論になる。

国土交通省の河川工学の技師さんが古代の水利を検証して、治水と物流という観点から古代の都を再現した論文を読んだことがあるのだが(松浦茂樹「大和盆地と古代ヤマト王権の成立」)、技術者の視点で描かれる歴史は透明感があってよい。

 

上橋菜穂子『精霊の守り人』(新潮文庫)

今年の「新潮文庫の100冊」を眺めながら,どの本を読もうか考えていた。メジャー作品で,面白そうで,でもまだ読んだことがない本・・・。ということで,上橋菜穂子精霊の守り人』。

女用心棒・バルサ。新ヨゴ皇国の皇子・チャグムを偶然助けたことをきっかけに,皇子を守っていくこととなった。この皇子,実は「精霊の卵」を宿していて・・・。

読んでみて思った。これは,面白い。子供はもちろん,大人が読んでも十分楽しめる。読み応えのある冒険ファンタジー小説である。

物語は,次の一文から始まる。

バルサが鳥影橋を渡っていたとき,皇族の行列が,ちょうど一本上流の,山影橋にさしかかっていたことが,バルサの運命を変えた。」

・・・バルサって誰? 鳥影橋・山影橋ってどこ? 皇族って何? そう思った刹那,「バルサの運命を変えた。」,である。一気に作品の世界に引きずり込まれる。

一昔前までは,ファンタジー小説の主人公といえば,若い男の子か,そうでなければ女の子であった。対してバルサは30歳。化粧もしておらず,髪もバサバサ。それでいてとても魅力的。こういう小説が大人・子供問わず売れる。時代は,変わった。

精霊の守り人 (新潮文庫)

精霊の守り人 (新潮文庫)


(ひ)

村上世彰『村上世彰、高校生に投資を教える』(角川書店)

  N高校という広域通信制高校がある。角川ドワンゴが経営・運営していて、かなり勢いのある高校である。中学のとき私が担任した生徒も高校からお世話になった。

 そこに「投資部」というのがあることは聞いていた。特別顧問は村上世彰氏なんだそうだ。村上氏はいろいろとあったあと、今はシンガポールを拠点にファンドを動かしているらしいが、その村上氏が10か月にわたって高校生に投資の手ほどきをした実践報告が本になったので手にしてみた。

 中身はいたってオーソドックスである。投資とは何か、お金がどうやって回っているのか、高校生にレクチャーがされたあと、村上財団から実際に20万円が提供され、生徒たちは株式運用を始める。会社四季報を見て投資先を決め、何回か「投資レポート」を出すらしい。

 こういうバーチャル株式投資はいくつかあるが(私も東証が提供している学校向けシミュレーションゲームを授業に導入している)、ほんとうにお金を動かすのは聞いたことがない。運用益は生徒のものになり、損失は村上ファンドが補填するらしいが、それでも購入するボタンを押すときのヒリヒリする緊張感は、まったく違うのだろう。生徒たちのなかなか運用はうまくいかなかったようだが、それもまた社会勉強。

 ただし、村上氏の投資哲学が一般的かというと、どうなんだろう。いろんな人の意見を聞きながら、試行錯誤しているうちに、自分なりのやり方を身に付けるのだろう。

 うちでやるとすれば、スカイマーク会長の佐山さんに来てもらえるかな。また違った投資哲学を教えてもらえそうだ。学校全体でやるのは大変だが、有志でやる分には、なかなかおもしろい取り組みだと思う。

 (こ)