朱野帰子『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』(文春文庫)

 羽嶋賢児と蓼科譲は幼なじみ。大学を出た賢治は調査会社から大手家電メーカーに中途採用され、商品企画部に配属される。同僚の梨花は美顔スチーマーやマイナスイオンドライヤーなどの似非科学商品を次々と売り出している。上司の桜川も部長も金になるものを作って売るように賢児に迫る。賢児の姉の美空は科学的なことなど一切お構いなしの「未開人」。譲は大学に残って博士号を取り、研究者の道を着々と歩んでいる。賢児は父の命を奪った似非科学を憎んでおり、その撲滅のためには言動に容赦をしない。婚約者の紗綾もそんな賢児から離れて行った。

 最初、この本は「科学」と「未開人」との二項対立のもとで進むコメディなのかな、と思っていた。しかしそうではない。賢児と譲、賢児と美空、賢児と梨花、賢児の父と母、桜川部長と学会の大御所・鳥澤。いくつもの陰と陽が重なり合って、物語は進む。賢児には賢児の理由があり、譲には譲の、美空には美空の、理由がある。世界はそんなに単純なものではなく、人というものの本性はそんなに変わるものでもない。

 物語の中で唯一、対をなしていない存在がいる。生まれたばかりの美空の子・玲奈である。いや、赤ちゃんはすべての大人たちの反対側にいたのだ。

 

 なんとなく表紙とタイトルを見てポケットに入れた文庫本。
 帯や裏表紙から想像したのとはぜんぜん違った。たしかにお仕事小説だけれど、これは回復する家族の物語だと思う。あまり期待してなかったので、得した気分。
 原題は『賢者の石、売ります』だったらしい。どっちの方がよかったのかは迷うところ。

科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました (文春文庫)

科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました (文春文庫)

 

 (こ)