加賀乙彦『死刑囚の記録』(中公新書)

 「赦し その遥かなる道」というドキュメンタリー映画を観た。韓国で2003年に起きた大量猟奇無差別殺人事件の被害者家族を追いかけるもので、母・妻・息子を殺された男性が犯人を赦そうとするが、長男を殺され後を追うように2人の息子も自ら命を絶った男性とひとり残された三男の心は怒りと復讐心と絶望でいっぱいである。答えはない。どちらの被害者家族も、残された者はただただつらいということである。

 加賀乙彦の『宣告』は死刑囚と医務官との交流を描いた長編小説だが、医務官としての経験から書いたのが『死刑囚の記録』である。

 「死ぬために生かされる」という独房での緊張と不安の生活から、多くの死刑囚が拘禁反応を示し、精神的に病んでいく者も少なくないという。一方で、濃密な生を生き直す者もいる。いくら仕事とはいえ、刑を執行する刑務官の負担も計り知れない。

 医師としての冷静な目で死刑囚を観察しながら、抑制した筆致で記述は進む。死刑囚との交流によって動かされたであろう心の動きが、その中にちらりと垣間見えるようすは、『宣告』よりもむしろ小説的であるようにも思える。

 昭和の凶悪犯と令和の凶悪犯とを比較することは難しいようにも思う。一方で、死刑は何のためにあるのか、死刑は誰のためにあるのか、死刑があることによって何がもたらされ何が失われているのか、という問いは、昭和も令和も変わってはいない。
 いったりきたりしながら、もやっと本を閉じた。 

死刑囚の記録 (中公新書 (565))

死刑囚の記録 (中公新書 (565))

 

(こ)