青木理『安倍三代』(朝日文庫)

 安倍晋三は、岸信介の孫である。

 同時に彼は、政治家・安倍寛の孫でもある。その血は一粒種の晋太郎に受け継がれ、そして晋三へと連なっているはずである。しかし、晋三からは「安倍」カラーが見えない。
 それはなぜか。
 筆者は晋三のもう一方のルーツを求めて、寛・晋太郎・晋三の「安倍三代」のゆかりの地を歩き、彼らを知る人たちからの証言を積み重ねる。しかし、寛や晋太郎と違って、晋三にはいくら聞き回ってもエピソードらしいエピソードが出てこない。そこから見えるものは、晋三の「悲しいまでの凡庸さ」である。かわいそう過ぎて、よしよししてあげたくなるくらいである。
 そんな「いい子」でしかなかった晋三が、オオカミの群れに出会って覚醒し、今や祖父や父を乗り越えようとしている。それはなぜ可能となったのか。筆者から投げかけられた問いである。

 本書は晋三の凡庸さを強調するためだろうか、反骨の人・寛や、清濁併せのむ晋太郎を、美化しすぎている嫌いはある。しかし、ほんとうにそうだろうか。安倍晋三は決して単なる凡庸ではないのかもしれない。非凡なまでに空疎だからである。あるいは「凡庸な悪」ほど厄介なものはない。

 本書の元となった記事が『AERA』に連載されたのが2015年。それから4年近くが経ち、安倍政権は悲願の憲法改正に向かって、この国のかたちをさらに押しつぶしながら、今なおひた走り続けている。 

安倍三代 (朝日文庫)

安倍三代 (朝日文庫)

 

(こ)