門井さんは、その人にいきますか、というところにスポットライトを当てる。
宮沢賢治の父上だったり、利根川東遷を指揮した伊奈忠次だったり、慶長小判をつくった後藤庄三郎だったり。
今回の主人公は、ひょんなことから新選組の専属シェフとなった菅沼鉢四郎。
蛤御門の変の兵火で焼け出された鉢四郎は、原田左之助の炊き出しを手伝った縁で、新選組に引き入れられてしまう。こうして、命のやりとりをする男たちに、鉢四郎は毎日、うまい飯を食わせ続けるようになる。
釜の蓋を開けると銀シャリから立ち上がる湯気が見えるかと思えば、左之助と齋藤一が決闘するつばぜり合いの音が聞こえてくるようだ。坂本龍馬と近藤勇の交渉場面では、ふたりの息づかいと心臓の音が聞こえそうである。
「巻き込まれ系」というコメディの王道を採用して、どんどん話を展開させながら、味覚も嗅覚も聴覚も視覚も呼び起こしながら、激動の時代に散っていく男たちの生き様を描く。
文字通り「おいしい」小説である。
(こ)