佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波書店)

f:id:raku-napo:20171224111706j:plain

直木賞とは何か。

僕は,お祭りだと思っている。

文芸なんて,もとより客観的な評価基準などなく,本質的にはただ面白いか,面白くないかという,個々人の主観的な判断しかない。そのような世界に,芥川賞直木賞というお祭りを創設した菊池寛は,今ふりかえってみても,えらい。

ずっと応援していた中堅作家がノミネートされたり,受賞したりすると,やっぱりうれしい。名前すら知らなかった若手作家の作品を手にとるのも,ノミネートがきっかけだったりする。そもそも,ノミネート自体がニュースになったり,ネット上で話題になったりする文学賞というのは,芥川賞直木賞くらいかもしれない。

佐藤正午『月の満ち欠け』は,前回(第157回)直木賞の受賞作である。61歳での受賞,34年のキャリア,岩波書店からの書き下ろし,そしてまさかの贈呈式の欠席など,話題に事欠かなかった。

ところで,受賞時の報道で,この作品のことを「恋愛小説」「純愛小説」だと紹介しているものがあったが,大いなる誤解だと思う。

この作品は,奇想小説であり,ファンタジー小説であり,さらに誤解を恐れずにあえて言えば「美しいホラー小説」である。

「生まれ変わり」を主題に,東京駅での数時間という時間軸と,過去これまでの数十年という時間軸が交互に展開される。そして,軸となる登場人物自身が,この「生まれ変わり」という現象に懐疑的であり,その心のゆらぎとか,あるいは若干の居心地の悪さみたいなものまで,読み手に伝わってくる。

こんなストーリーは,そしてこんな小説は,今まで見たことがない。

なお,読了直後,職場で「これ,直木賞取るかもしれませんよ。」などと冗談半分で話していた。それが,ノミネートされ,結局,賞まで取ってしまった。そんなところも含め,ちょっと思い入れのある作品である。

(ひ)