遠藤周作『反逆(上・下)』(講談社文庫)

 大先生、新天地での1ヶ月、おつかれさまでした!

 さて、遠藤周作荒木村重をどう描いたのか。
 主な登場人物はほぼ同じ。織田信長と、信長を裏切った松永久秀荒木村重明智光秀(そして実は羽柴秀吉もそのひとり)を軸に、賤ヶ岳の合戦に勝利して秀吉が天下をほぼ掌中に収めるまでが描かれる。
 遠藤文学らしく、全編を通して「弱い自分」が主題として貫かれ、ただひとり「強い(強すぎる)」信長に照らされて、その「弱さ」が浮き彫りになる。自分の意に反してひとたびは信長に屈した村重と、同じく信仰と領主としての現実との挟間で懊悩する高山右近とが対をなしながら、物語は進行する。光秀も前田利家も同じである。イエスをいちどは裏切りながら、最後は信仰に殉じた弟子たちもまた同じであった。
 一方には器用に時代の潮流に乗ろうとする人たちがいて、一方には、そんな戦国の世にあっても凜とした生き様(死に様)を見せる人たちがいる。嫉妬とコンプレックスと自尊心と地位と立場と、そんなものがない交ぜになる中で・・・そして「おまえはどう生きるのだ?」

 なお、本作に登場する竹井藤蔵は、著者の母方の遠い祖先にあたる血筋らしい。また村重が隠居した摂津・住吉には著者の母校・灘高校がある。そんな意味でも、少し違った思い入れのある作品なんだ・・・とかいうのはエピローグより。

反逆(上) (講談社文庫)

反逆(上) (講談社文庫)

 

 (こ)

伊坂幸太郎『シーソーモンスター』(中央公論新社)

おっつかれさま~っ!
・・・とにかく全力で駆け抜けた1か月であった。
 
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さて。
 
伊坂幸太郎の呼びかけで始まった8組9名の作家による競作企画「螺旋プロジェクト」。『シーソーモンスター』は,呼びかけ人・伊坂幸太郎自身の単行本であり,中編2編を収めている。
 
1作目の「シーソーモンスター」は,嫁姑の争い。こういう家庭内のテーマ,伊坂幸太郎としては珍しいなあ・・・と思って読み進めていくと,なんだそういうことか(笑)。いつもの伊坂幸太郎ワールドでありました。
 
2作目の「スピンモンスター」は,かつての『ゴールデンスランバー』を思い出させるような,スピード感あふれる「追われる系」の話。・・・おっ,この車,『ガソリン生活』でもちょっとだけ出ていたよね。
 
2作品ともあっという間に楽しく読み切りました。
 
ところでこの「螺旋プロジェクト」とは,「海族」と「山族」の対立を軸に,原始・古代から未来までの日本各地を舞台とした競作企画である。今回の「シーソーモンスター」は昭和後期の東京を,「スピンモンスター」は近未来の仙台・東京を扱った。他の作家による他の作品も,気になるところである。・・・っていうか,朝井リョウも書いてるんだ。ちょっと読んでみたい。
 
シーソーモンスター (単行本)

シーソーモンスター (単行本)


(ひ)

上田秀人『傀儡に非ず』(徳間時代小説文庫)

  摂津・有岡城荒木村重が信長を裏切り、一族郎党皆殺しになりながら本人は生き延びたというエピソードは、断片的には知っていて、どっちかというと、大河ドラマ黒田官兵衛を土牢に監禁した人というイメージの方が強かった。

 なぜ村重が信長を裏切ったのかは謎として残されており、いろいろな解釈があるらしいが、さて、上田秀人氏の描くストーリーは・・・?

 「松永久秀」「荒木村重」「明智光秀」という、信長に反旗を翻した3人の武将の姿が交錯し、最後に1本の線でつながる。歴史小説にしては少し回りくどい部分があって読みづらいので、むしろ歴史ミステリーだと思った方がいい。謎が解けた。

 

 ところで、遠藤周作も村重について書いているというのを、この本を読んだ後に知った。次はこちらを読んでみようと思う。

 

 

傀儡に非ず (徳間時代小説文庫)

傀儡に非ず (徳間時代小説文庫)

 

 (こ)

木皿泉『カゲロボ』(新潮社)

木皿泉,3作目の小説である。『カゲロボ』。

日常生活にロボットがこっそり溶け込んでいる世界。ささやかな「罪」と「赦し」を描いた連作短編集である。

これまでの『昨夜のカレー,明日のパン』や『さざなみのよる』とは異なり,ちょっとダークな描写も出てくる。正直,前半の方では読んでいてつらい部分もあった。ただ,いずれの短編も,人間誰もが持っている弱さとか,ふらつきとか,影の部分とかをごまかすことなく真正面から取り上げ,なおかつ,それをさらりとした文体の小説に昇華させている。さすが木皿泉である。

個人的には,ちょっと切ない気持ちになる「かお」(雑誌掲載時の当初タイトルは「スペア」。こっちの方がより本質を突いたタイトルではある。)と,元アイドルが主人公のショートストーリー「かげ」が心に残った。この2作だけでも,読む価値は十分あると思う。

カゲロボ

カゲロボ


(ひ)

前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)

 バッタ研究者の前野氏が、2年間滞在したモーリタリアでの研究生活をまとめたものである。それが一筋縄ではいかない。

 トラブルをものともせず前進する生命力はサイバラ先生を彷彿とさせる。仮説を立ててすぐに実験するあたりは科学者としての真髄を見せ、相棒のティジャニと一緒にフィールドワークに出た砂漠で野宿するあたりは、ちょっとした冒険ものである。空を覆う何億匹ものバッタの大群のようすはホラー映画さながら。ウルドというミドルネームをつけてくれた所長は、砂漠で遭難して九死に一生を得て、人生を人のために尽くそうと決めた男の中の男で、「私の履歴書」のような話である。日本の任期付き研究者の悲哀も痛々しいほどに伝わってくる。

 金字塔『ファーブル昆虫記』を読んで昆虫学者を志したドクター前野の、波瀾万丈のモーリタリアでの研究日記。

 1冊で何度もおいしい。

 2018年新書大賞。 

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

 

 (こ)

半藤一利『日本のいちばん長い日 決定版』(文春文庫)

今年度の本屋大賞瀬尾まいこ『そして,バトンは渡された』に決定!
おめでとうございます!!
 
いや~,良かった!!
 
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さて。
 
引っ越しの時って,みんなどんな本を携帯しているんだろう。
僕はやっぱり,あれかな。名著だと言われている本で,文庫になっていて,でもまだ実は読んだことがなくて,なのでこの際読んでみるか・・・という本かな。
 
・・・と思いながら引っ越し前に買ったのが,こちら。半藤一利『日本のいちばん長い日 決定版』。そうなんです。まだ読んだことがなかったんです。
 
ご存じのとおり,昭和20年8月14日正午から翌15日正午までの24時間の出来事を記したノンフィクションである。筆者は半藤一利。多数の関係者(当事者)への膨大な取材を踏まえたものである。
 
御前会議でのやり取り。玉音放送の録音。そして,一部の陸軍将校らのクーデターと,その失敗。現在の日本を形作った,あまりにも濃く,そして危うい24時間を,この本は詳細に伝えてくれる。
 
この本が最初に出版されたのは昭和40年。当時からすれば,終戦とはわずか20年前の出来事ということになる。現在,終戦は随分遠い日になってしまったが,そこでどのような出来事が起こったのかについては,今後も語り継がれていくべきであろう。
日本のいちばん長い日 決定版 (文春文庫)

日本のいちばん長い日 決定版 (文春文庫)

(ひ)

ジョン・クラッセン(長谷川義史/訳)『ちがうねん』クレヨンハウス

大先生、本屋大賞、おめでとうございます!

ホーキング博士の本を紹介した直後に、ブラックホールが撮影されるなんて、これもまた、大先生、やりましたね!

 

さて、この1週間に読んだ本がことごとくハズレだったので、今週は絵本。

 

大人が気に入った絵本と子どもがはまる絵本とが合わないことはたくさんあるけれど、そんな中で、うちの2匹のチビと一緒に何度読んでもおもしろいのが、ジョン・クラッセンの『ちがうねん』。

大きな魚のお気に入りの青い帽子をこっそり盗んできた小さい魚のひとりごとで話は進みます。途中、大きな魚が帽子がないことに気がついて、追いかけてくる。でも、それを知らない小さな魚は、のんびりのんびり泳いでいる。さあ、どうなる・・・!?

この本の魅力は、味のある絵もストーリーもそうだけれど、その雰囲気に、大阪弁(読むときには京都弁に再翻訳して読んでいる)の抑揚とリズムが、ぴったりだということ。

 とったら あかん 
 わかってる。
 ぼくのと ちがう
 わかってる。
 でも ええやん。
 おっきな さかなには ちっさすぎる。
 ぼくに ぴったりやん このぼうし。

大きな声で歌うように読むと、とても楽しいのです。

 

なお、第1作『どこいったん?』もお気に入りで、帽子を取られたクマがウサギを問い詰めたときのウサギのセリフ
「なんで ぼくに きくん?・・・ぼくに きくのん やめてえな。」
は、我が家では、捜し物を尋ねられて「知らない」と答えるときのお約束になっています。

ただし、第3作『みつけてん』は、いまひとつ。たしかにどこか物足りない。

 

無駄を徹底的にそぎ落とし、研ぎ澄まし、そうして子どもの心にすっと寄り添う絵本の言葉は、大人になったからこその楽しみ方がある。 

 

絵本は、奥が深い。

ちがうねん

ちがうねん

 
どこいったん

どこいったん

 
みつけてん

みつけてん

 

 (こ)