塩野七生『十字軍物語』第3巻・第4巻(新潮文庫)

塩野七生『十字軍物語』。後半部分に当たる第3巻と第4巻も文庫化された。
 
獅子心王リチャードとサラディンの両雄が激突した第三次十字軍(塩野氏の筆も走る,走る。)。ヴェネツィア共和国の思うがままとなった第四次十字軍(『海の都の物語』でもおなじみ)。戦争は終わらせ方が難しい,と思わせる第五次十字軍(無能な指揮官は・・・)。皇帝フリードリヒが率いた第六次十字軍と,フランス王ルイが率いた第七次十字軍の対比も興味深い。
 
物語の終盤,塩野七生は次のように総括する。
「長期にわたって展開された戦争(ウォー)の歴史とは,戦闘(バトル)の連続のみで成る物語ではない。たびたびの共生の試みと,そのたびに起る破綻と,それでもなおそこに生きようとした人々の物語でもあるのである。」
 
世界史の授業で少しかじった程度の十字軍。それが,塩野七生の手によって生き生きとした物語になり,僕の前に現れた。
 
十字軍物語 第三巻: 獅子心王リチャード (新潮文庫)

十字軍物語 第三巻: 獅子心王リチャード (新潮文庫)


十字軍物語 第四巻: 十字軍の黄昏 (新潮文庫)

十字軍物語 第四巻: 十字軍の黄昏 (新潮文庫)

(ひ)

安田浩一『「右翼」の戦後史』(講談社現代新書)

生徒に「ウヨクって何ですか?」と質問された。
「右翼」とか「右派」というのは、フランス革命のときに議場左翼に陣取った急進派に対して、保守派が議場右翼に陣取ったことが言葉の由来で、個人主義を批判して伝統とか民族とか国家とか家族の一体感を強調したりとか・・・と話してみても、この説明では「ネトウヨ」の説明にはなっていない。リベラルな発言をする天皇や皇太子を「反日パヨク」呼ばわりするウヨクを、いったいどうやって伝統や民族主義と結びつけることができるのだろう。

そんな折、1960年代のニュース映像を見ていたら、アメリカの原子力空母入港に反対するデモ隊を、米軍歓迎を叫びながら攻撃している右翼のようすが映し出されて、へぇ、と声を上げてしまった。そこで、「右翼とは何か」という本はたくさんあるけれど、今ここでいちど整理がしたいと思ったときに見かけたのが本書であった。

本書は「反左翼(反共)」を掲げて活動してきた戦後右翼が、左翼の衰退とともに方向性を見失い、排外主義と差別主義へと溶解していく過程を追ったものである。
戦後右翼を「伝統右翼」「行動右翼」「宗教右翼」「任侠右翼」「新右翼」「ネット右翼」に分類し、地道な取材にもとづいて、その心性にたどり着こうとする。

そしてたどり着いた先にあったものは、日本社会の極右化の加速であり、底抜けであった。

「右翼」の戦後史 (講談社現代新書)

「右翼」の戦後史 (講談社現代新書)

 

 (こ)

橋本治『これで古典がよくわかる』(ちくま文庫)

橋本治氏が亡くなった。

10代の終わり頃,橋本治氏の本ばかり読んでいた時期があった。しかも繰り返し繰り返し。なぜそこまで読み込んだのか,今となっては自分でもよく分からないのだが,何かこう,自分の気持ちを半歩先で代弁してくれているような感覚があったからかもしれない。

ひょんなことからサイン会にも行った。おずおずと『桃尻娘』(すごいタイトルだ・・)を差し出すと,「おっ! 僕のデビュー作! 懐かしいね~!」とニコニコしながらサインしていただいたのを今でも覚えている。

最近は全く読んでいなかった。サイン本もどこかへ行ってしまった。

訃報に接し,久々に読んでみようと本屋に行った。さすがに昔の作品群は全く売られていなかった。できるだけ古い時代の本を・・・と思って購入したのが,この本。『これで古典がよくわかる』である。単行本としては1997年刊。今から20年ほど前の本である。

内容は,日本の古典について,古代から平安・鎌倉時代までの代表的な作品を分かりやすく解説するというもの。もっとも,この本では,それぞれの古典作品の内容や時代背景よりも,そこで用いられている文体,さらにいえば「日本語」そのものに大きく焦点を当てている。分かりやすい日本語と,分かりにくい日本語。書き言葉による日本語と,話し言葉による日本語。

初期作品群ではとことんまで日本語の文体にこだわり抜いていた橋本治氏。この本は,氏による優れた日本語論でもある。

これで古典がよくわかる (ちくま文庫)

これで古典がよくわかる (ちくま文庫)

(ひ)

工藤勇一『学校の「当たり前」をやめた。― 生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革 ―』(時事通信社)

ちょっと職員室とか同業者の間で話題になっている本の紹介をば。

東京の公立中学校が、クラス担任制を廃止し、定期考査を廃止し、運動会も変え、放課後の部活動を改革し、外部の人材を引き込みながら、次々と変化を遂げていった話である。

この本を読んだ同僚の感想は「どうやったらこういうことできるんでしょうね、うちではできるんですかね」というもので、自分もそう思う。
また、校長のリーダーシップで「学校が変わった!」という話は、書店に並んでいるだけでもほんとうにたくさんあって、 それが定着したのか、その後どうなったのか、他校に波及したのか、という点については、よくわからない。また、話題になったけれども、その舞台裏は・・・という話も聞く。

それでも、この学校の話は、参考になることが多い。
キーワードは「手段の目的化」であり、生徒のために何をすべきかを厳しく問い続けた結果が、この改革であるという。そもそも学校本来の目的とは「子どもたちが将来、社会でよりよく生きていけるようにすること」であり、教師は人材育成のプロであるはずだ、と現場教員のプライドを焚き付けることも忘れない。その上に、この校長先生は教育委員会も長くて、法令の細かいところを知悉し、できることとできないことがはっきりとわかっている。

こうしたリーダーのあり方は、どの組織でも成り立つ話であって、だからこそこの学校の事例は、とてもわかりやすいのだろう。

 (こ)

知念実希人『ひとつむぎの手』(新潮社)

年に一度の大イベント・本屋大賞。先日発表されたノミネート作品は,以下の10作品です。なお,発表時までに読み終え,当ブログで紹介していた作品は太字にしました。

三浦しをん『愛なき世界』(中央公論新社
平野啓一郎『ある男』(文藝春秋
木皿泉『さざなみのよる』(河出書房新社
瀬尾まいこ『そして,バトンは渡された』(文藝春秋
森見登美彦『熱帯』(文藝春秋
・小野寺史宜『ひと』(祥伝社
知念実希人『ひとつむぎの手』(新潮社)
・芦沢央『火のないところに煙は』(新潮社)
伊坂幸太郎『フーガはユーガ』(実業之日本社
・深緑野分『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房

・・・このように,何と10作品中7作品が当ブログで紹介済み!

まず,当ブログでノミネート入りを予想した5作品(『そして,バトンは渡された』『ベルリンは晴れているか』『フーガはユーガ』『愛なき世界』『ある男』)の全てが,実際にノミネートされました!

そして,直近の直木賞でイチオシにしていた作品(『熱帯』。残念ながら受賞は逃しました。)と,その前の直木賞でイチオシにしていた作品(『さざなみのよる』。何と直木賞候補作にすらなりませんでした・・・)もノミネートされました!

それにしても,今回の候補作は粒ぞろいですね。どれが大賞を受賞してもおかしくないくらい。まれにみる混戦となりそうです。個人的には,こんな時代だからこそ読まれてほしい『そして,バトンは渡された』,小説としての完成度の高かった『ある男』,戦中の,そして戦後の大混乱を市民の目線から描いたミステリ『ベルリンは晴れているか』あたりを押したいところです。・・・そうそう,ドラマのスピンオフですが『さざなみのよる』もよかったなあ・・。

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というわけで。

ノミネートを受けて,ちょっと読んでみた。知念実希人『ひとつむぎの手』

大学病院に勤務する平良祐介は,一度に3人もの研修医の指導を命じられる。このうち少なくとも2人を入局させれば,念願の心臓外科医への道が開けるかもしれない。しかし,平良の指導は空回りしてしまい,さらに謎の怪文書が医局内に出回って・・・。

昨年の本屋大賞では『崩れる脳を抱きしめて』がノミネート入りした知念実希人。2年連続のノミネートとなった。『崩れる脳を抱きしめて』は恋愛要素がかなり強めで,ちょっと読んでいて気恥ずかしいところもあったが,今回は大学病院の医局ものである。組織。出世。理想と現実。様々な要素が絡み合い,大人が読んでも楽しめるエンタメ小説に仕上がっている。

読んでよかったな,と思える作品。よし,僕も前を向いて頑張ろう,と。

ひとつむぎの手

ひとつむぎの手

(ひ)

 

いしいしんじ『ブレッドはパン探偵』(進々堂)

 有名な話ではあるが、京都市民の朝ごはんは、パンである。(京都府のパン消費量は全国1位!)
 長らく日本屈指の工業都市であった京都の朝は、老若男女、さくっと食べてとっとと働きに出る、ということなのだろう。

 もうひとつ、1人あたりコーヒー消費量の第1位も、京都府である。2017年は2位になったそうだが、堂々の数字である。これはなぜだかわからない。

  京大の周りにも同志社の周りにも、寺町にも三条にも、昔から喫茶店はたくさんあって、喫茶店でおいしいパンとコーヒーをいただきながら、本を読んだり書き物をしたり。

 進々堂は、京都を代表するパン屋さんのひとつ。内村鑑三の門下生だった初代社長が「パン造りを通して神と人とに奉仕する」ために開いたパン屋さん。

 そんな進々堂さんが、京都在住のいしいしんじさんの短編を冊子にして、店頭で配っている。今回で3冊目。
 あとがきの社長さんの「ごあいさつ」が、なんか、いい。

 私ども進々堂にとりまして、いしいしんじさんの短編小説をお店でお配りすることは、お客さまの日頃のご愛顧への感謝のしるしであると同時に、いしいしんじさんの物語を通して、進々堂がお客さまとパンのある生活の楽しさすばらしさを分かち合えるような、そんな気がしていて、これからもずっと続けて参りたいと思っています。しんじさんが書き続けてくださる限り。

 やっぱり、喫茶店のパンとコーヒーには、本が似合う。

shinshindo.jp

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ブレッドはパン探偵

(こ)

田中芳樹『銀河英雄伝説』全10巻(マッグガーデンノベルズ)

今週,本屋大賞のノミネート作が発表されました!
ノミネート作10作品のうち,実に7作品が,このブログで紹介したものでした!すご~い!!
この本屋大賞については,また日を改めてレビューしてみたいと思います。

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さて。

全部読んだ~! 田中芳樹銀河英雄伝説』全10巻!

今から30年以上も前に刊行が開始されたスペース・オペラである。物語の軸となるのは,帝国軍のラインハルトと同盟軍のヤン・ウェンリーという二人の天才。中高生くらいの頃に最初のブームがあって,コミック化されたりアニメ化されたりしたのだが,僕は全く見ていなかったし,原作であるこの小説も読んでいなかった。

それが,2018年4月から毎月1巻ずつ新装版になって刊行するという。う~ん,今回読み逃すと,一生読み逃してしまうかも・・・と思って読み始めた。

そしてついに,今月発売の第10巻をもって読了。いや~,おもしろかった。

基本的には宇宙を舞台にしたSF小説なのだけれど,テイストとして「政治」が加味されている。これが,エンタメとしても絶妙。特に,ヤン・ウェンリーの発言には何度もうならされた。

・「政治の腐敗とは,政治家が賄賂をとることじゃない。それは個人の腐敗であるにすぎない。政治家が賄賂をとってもそれを批判することができない状態を,政治の腐敗というんだ」(第2巻)
・「人間の行為のなかで,何がもっとも卑劣で恥知らずか。それは,権力を持った人間,権力に媚を売る人間が,安全な場所に隠れて戦争を賛美し,他人には愛国心や犠牲精神を強制して戦場へ送り出すことです。」(第3巻)
・「戦争の90%までは,後世の人々があきれるような愚かな理由でおこった。残る10%は,当時の人々でさえあきれるような,より愚かな理由でおこった...」(第6巻)

これを読んだ中高生の多くがハマったのも,よく分かる。今でも色あせない,いや,今だからこそ再読されるべきエンタメ小説である。


銀河英雄伝説 10 落日篇 (マッグガーデンノベルズ)

銀河英雄伝説 10 落日篇 (マッグガーデンノベルズ)

(ひ)