古市憲寿『百の夜は跳ねて』(新潮社)

単なる話題先行の作品だと思っていたが(ごめんなさい),書店でぱらぱらめくってみたところ,面白そうだったので読んでみた。古市憲寿『百の夜は跳ねて』。

高層ビルの窓拭きをしている「僕」。ある日,たくさんの箱の積まれた部屋の中にいる「老婆」と目が合い・・・。

思ったよりも良かった,というのが率直な感想である。ストーリーも,そして文体自身もよく練られており,読み応えがあった。窓ガラスの内側と外側。生者と死者。過去の戦争の記憶から,現在の格差社会,果てはYouTubeiPhoneウェアラブルカメラといった様々な現代のツールまでを幅広く取り入れながら,この物語は,人の「生き方」というものに,ちょっとだけ触れていく。

今回の芥川賞候補作でもある。ベテラン選考委員たちの心にどこまで響くかなあ。

芥川賞の発表は,直木賞と同じく,今週7月17日の予定である。

百の夜は跳ねて

百の夜は跳ねて


(ひ)

ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)

 

『トリニティ』読みました。
すごすぎる。
今年一番の本が、もう出てしまったのかな。
映像まで見えた。NHKはドラマ化するだろう、きっと。
 

というわけで、ちょっと他の小説を読む気にはならず、気分転換に何気なく手に取った本。それがまた、とてもよかった。

著者は福岡県出身、イギリスで、アイルランド人の夫との間に生まれた男の子と一緒に、ある地方都市で暮らしている。家族が暮らす公営住宅地にはいろんな背景を持った人たちが住んでいる。カトリック系小学校に通っていた優等生の「ぼく」は、そのまま名門中学校に進学せず、地元の元底辺中学校への進学を決める。そこでは毎日が事件の連続だった。

本書は思春期男子の子育て日記であるのだけれど、階級社会イギリス、社会の分断が進むイギリスについてのルポルタージュでもある。新自由主義改革や緊縮財政政策が進んだイギリスの学校教育のようすは、日本の学校の未来像のひとつの可能性のひとつとして見ることもできる。

そして本書は、日本社会についても触れている。居酒屋で日本語を話せない息子のことでからんでくる酔っ払ったサラリーマン、態度を豹変させたレンタルビデオ店の店員の話。

一方でイギリス社会の根底にあるボランティア精神や、empathy(他者への共感、相手の立場に立って考える能力)をベースとしたシティズンシップ教育、「差別には正面から闘うんだ」という徹底した意思、子どもでもデモに参加して発言するのが当然だという空気、そういうことも本書からは伝わってくる。

まさに世界の縮図のような中学校生活を通して、複雑な大人の事情と面倒な常識を、子どもたちはそのたくましさと新鮮な視点で、ときに軽々と、ときに壁にぶち当たりながら、乗り越えていく。
子どもたちは未来そのものなんだと、つくづく思う。

 

ちなみに、この本の装丁も、すっっごく、いいです!

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

 

 (こ)

日本経済新聞社編『地銀波乱』(日経プレミアシリーズ)

地方において強く感じられるのが,地銀の存在感である。

駅前とか街中とかの一等地に大きくて立派な本店がある。街のあちこちで支店を見かける。様々な公共イベントの後援・スポンサーになっていることも少なくない。

その地銀が,今,危機にあるという。日本経済新聞社編『地銀波乱』。

昨年,スルガ銀行の不正融資問題が発覚し,話題となった。だが,そんなものは氷山の一角にすぎない,と本書はいう。全国にある106の地方銀行の多くが本業の連続赤字に苦しんでいるのである。

人材も集まらない。新卒が来ず,優秀な中堅・若手は去っていく。「いまの地銀はかつての石炭産業を見るようだ」との発言が,重い。

地銀の衰退は,そのまま地方の衰退になっていくのか。


(ひ)

 

鎌田浩毅『富士山噴火と南海トラフ』(講談社ブルーバックス)

 東京に向かう新幹線の中で、この本を読みながら、今、富士山が噴火したら、京都にはしばらく帰れないんだよなぁ・・・などと考えてみた。

 「火山灰」「溶岩流」「噴石・火山弾」「火砕流・火砕サージ」「泥流」「山体崩落」のどれひとつとっても、その被害はただではすまない。さらに、南海トラフ巨大地震が連動したとしたら・・・。

 火山灰の被害ひとつとっても、アウトだろう。火山灰は細かいガラスのかけらなので、気管や肺が傷つけられ、ライフライン交通機関をズタズタにする。積もった火山灰は水で流せないので処分に困り、放っておくと家屋が押しつぶされる。

 天はきっと落ちてこないから杞の人の憂いは笑いの種になったけれど、富士山は必ずいつか噴火する。覚悟して準備するに越したことはない・・・とはいえ、どうしたものか?

 今年は祇園祭が始まって1150年にあたる。864年に富士山が噴火し、869年に貞観地震が東北を襲った。悪霊を鎮め穢れを除くために、66基の矛と3基の神輿が京の街に出たのが最初だという。
 この国が火山国であり地震国であることを改めて思い起こしながら、今月は、祇園祭を通して世の平安を祈願しようと思う。

富士山噴火と南海トラフ 海が揺さぶる陸のマグマ (ブルーバックス)
 

 (こ)

宗田 理『ぼくらの七日間戦争』(角川文庫)

ぼくらの七日間戦争』がアニメ映画化されると聞いた。

青少年向け小説の古典でありながら,実はこれまで読んだことがなかった。こういうのって,自分が青少年の頃に読まなかったら一生読まないんだよな・・・と思いつつ,この際読んでみた。

・・・おお,こういう話だったのか。

中学1年2組の男子生徒全員が,河川敷にある工場跡に立てこもり,大人たちに「反乱」を起こす物語。・・・なのだが,本書が出版されたのは昭和60年。まだ太平洋戦争の記憶がかすかに残り,また学生運動の記憶がはっきりと残っていた時代である。作品中にもこれらがあちらこちらに顔を出す。

宗田理はかつて,本作品を「全共闘世代の大人に対するパロディとして書いた」と述べていたそうである。それがいつしか,30年以上もの時を経て読み継がれ,アニメ映画化までされるという。面白いものである。

さて,どんな映画になるのか。本作品中で生き生きと動き出していた少年たちはどのように描かれるのか。早速,興味を持って予告編を見てみた。

・・・全然違う話になっとるやないかーい!(笑)

ぼくらの七日間戦争 (角川文庫)

ぼくらの七日間戦争 (角川文庫)


(ひ)

津原泰水『ヒッキーヒッキーシェイク』(ハヤカワ文庫JA)

 津原やすみ、という作家さんはこれまで読んだことがなかったのだが、幻冬舎の見城社長とのtwitter上での泥仕合を観戦して、それなら読んでみようかな、と逆炎上商法に乗っかってみた。

 たしかに幻冬舎からハードカバーで出したら1,800冊しか売れなかったのも納得。これはやっぱりハヤカワか創元社あたりから文庫で出さなくちゃ(そもそも「ヒッピーヒッピーシェイク」を知らないので、そのあたりのおもしろさもわからなかったし)。

 主人公は4人の「引きこもり」=ヒッキーたち。ライトノベルかなって感じの書き出しで、登場人物の名前もややこしくて、生理的に受け付けなかったのだけれど、バラバラだった前半のパーツが後半に合体ロボットみたいに巨大化して、一気にクライマックスへとなだれ込むあたりは、けっこう圧巻。前半我慢したご褒美というところだろうか。ヒッキーたちの未来に幸あれ!

 で、売れたのかな。 

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ヒッキーヒッキーシェイク (ハヤカワ文庫JA)
 

 (こ)

窪 美澄『トリニティ』(新潮社)

2019年度上半期の直木賞候補作が,以下のとおり発表されました。

朝倉かすみ『平場の月』(光文社)
大島真寿美『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文藝春秋
窪美澄『トリニティ』(新潮社)
・澤田瞳子『落花』(中央公論新社
原田マハ『美しき愚かものたちのタブロー』(文藝春秋
・柚木麻子『マジカルグランマ』(朝日新聞出版)

先週予想していた柚木麻子,窪美澄原田マハがノミネート! また,当ブログで過去の作品を紹介していた澤田瞳子もノミネートされました! さらに今回は,今年の山本賞で絶賛されていた朝倉かすみも入っています。う~ん,レベルが高い。

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さて。

その窪美澄のノミネート作である。『トリニティ』。

フリーライターの登紀子。イラストレーターの妙子。専業主婦の鈴子。戦後の昭和から平成までそれぞれ戦い抜いた3人の女性を,鈴子の孫・奈帆の視線も交えながら,壮大に紡ぎだした大作である。

昨年,当ブログで『じっと手を見る』を紹介した際,僕は「窪美澄が,少し,殻を破り始めたのかもしれない。」と書いた。本作『トリニティ』は,殻を破り始めたどころではない。化けた。大変身した。これまではどちらかというと,半径10メートルくらいの身近な生活を描いた作品が多かった(それはそれでとても面白かった)が,本作では,戦後の日本における女性の「生き方」というものを,様々な歴史的出来事も織り込みながら見事に描き出している。

久々に,時間がたつのも忘れて読むのに没頭した一冊である。

断言したい。窪美澄は,きっとこの作品で直木賞を取る。

トリニティ

トリニティ


(ひ)