森見登美彦『熱帯』(文藝春秋)

以前この欄で紹介した深緑野分『ベルリンは晴れているか』ですが,なんと,今年度の「このミステリーがすごい!」の2位,「週刊文春ミステリーベスト10」の3位に入りました! 決してメジャーな作品ではないにもかかわらずこの順位! いや~,うれしい。

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さて。

今年一番の「怪作」である。森見登美彦『熱帯』。

最後まで読んだ人間はいないとされる小説『熱帯』を巡る物語・・・なのであるが,これが一筋縄ではいかない。複雑な入れ子構造。メタフィクションメビウスの輪のような,クラインの壺のような感覚に陥る。どこまでが真実で,どこからが虚構なのか。そもそも自分は今,この小説の「どこ」にいるのか。

不思議な作品である。読み終わって2,3日たつが,まだ小説の中をさまよっているような感じがする。

なお,読了後に気づいたのだが,この本の装幀は・・・。また,Amazonでは・・・。こういう遊び心,僕は好きだなあ。

熱帯

熱帯

(ひ)

野村正實『雇用不安』(岩波新書)

 「経済学を学ぶのは、経済学者にだまされないためである」というのがほんとうかどうかはさておき、書店に並ぶ経済学者あるいはエコノミストの本のうち、はたしてどれが正しくて、どれがあやしいのか、という判断は難しい。
 ただ、リアルタイムではわからなくても、何年かしてから読み返しても、十分に読むに値する本というのは、おそらくはホンモノなのだろう。そしてそういう本は意外と少ない。
 足元には、過去のいろんな本が死屍累々と積み重なっている。
 パソナの会長としていろんなところに顔を出して政策実現に精を出し、せっせと日本を売り飛ばしていらっしゃる某先生の本もあるけれど、残念ながら、読んだ瞬間の耳障りはいいが、中身は時代の検証に耐えられる代物ではない。

 さて、本書が書かれたのは20年前(1998年)、まだ派遣法が改正される前で、非正規雇用ワーキングプアが社会問題化する以前のことである。あるいはロードサイドの大型ショッピングセンターが駅前商店街を駆逐していく以前のことである。
 著者は日本の低失業率を「全部雇用」という概念によって説明する。たとえば、なかなか解雇に踏み切らない企業や、家族労働によって成り立つ自営業などが、バッファーとなりセーフティネットとして機能していた。その安定的な雇用環境が切り崩されることで、労働者は直ちに労働市場におけるヒリヒリとした競争の中に投げ込まれる。それは果たして、幸せな社会なのだろうか・・・?

 20年前に読んだときに感じたもどかしさは、今でもはっきりと覚えている。
 その後の顛末は、本書が指摘したとおりである。

雇用不安 (岩波新書)

雇用不安 (岩波新書)

 

 (こ)

コンラッド『闇の奥』(黒原敏行訳,光文社古典新訳文庫)

アフリカの奥地で見た「真実」とは。コンラッド『闇の奥』。

船乗りマーロウは,川をさかのぼる蒸気船の船長になるべく,アフリカの奥地に赴いた。そこで耳にしたのは,「クルツ」という男の噂。マーロウは男に会おうとするが・・・。

今から100年以上も前,1899年に発表された小説である。ある程度,著者コンラッドの実体験がベースになっている模様。もっとも,本作品は,単なる体験談を遙かに超えた,混沌とした問題作である。植民地での搾取。大量の象牙。生と紙一重の死。フランシス・コッポラがこれに触発されて問題作『地獄の黙示録』を撮ったというのも,分かる気がする(舞台もストーリーも違うけれど,問題意識は共有している。)。

僕が今回読んだのは,2009年の新訳版。本屋でふと手に取り,「訳者あとがき」をパラパラ読んでみて興味をそそられた。普通は興味をそそる「あとがき」ってなかなかないんだけれど,これは例外。翻訳上の工夫につき微細に書かれていて,おもしろかった。

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

(ひ)

百田尚樹『殉愛』(幻冬舎)

今週のベストセラー
 第1位 大川隆法
 第2位 AKB
 第3位 百田『日本コピペ紀』

 「いい本が売れるのではなく、売れる本がいい本だ」ということではないにしても、出版社としても「売れる本で稼ぎ、その稼ぎで作りたい本を作る」というのは正直なところだろう。

 『日本ウィ紀』をめぐる幻冬舎の今回の「コピペ問題」への対応(のなさ)は、出版社としての見識を疑うものだが、さて、今回の幻冬舎×百田氏の「炎上商法」については、自分も含めて多くの人が既視感を覚えたようである。

 恥ずかしながら自分も4年前、話題になったので買ってみて、だまされたと気づいたひとりである。その内容については、裁判で全否定されるレベルの代物で、30万部売り上げたそうだが、慰謝料が数百万円程度なので、いい商売だったということになろうか。

 やしきたかじん氏の遺産をめぐっては、現大阪市長も一丁噛して、うまく自分たちの方に取り込もうとしたグループがあったとかいう話で、その人達は今でもテレビに出て元気にご発言されている。
 今の政権周辺を見ていても、金と権力のにおいのするところにすり寄って行く才覚ってのは、ある人にはあるんだなぁ、と思う。組織は頭から腐る。 

殉愛

殉愛

 

 (こ)

伊坂幸太郎『フーガはユーガ』(実業之日本社)

伊坂幸太郎,約1年ぶりの新作である。『フーガはユーガ』。

ちょっと不思議な双子の物語。Amazonに「あらすじは秘密」とあるので,ここでもまあ,秘密にしておきたい。

しかし伊坂幸太郎,ハズレがない。人間である以上,普通は好調・不調の波がありそうなものなのだが,伊坂幸太郎の作品は常に一定のレベルを保っている。つまり,どれも面白い。これは作家としてすごいと思う。

今作品は,文体にも注目。最近ではめずらしく「僕」が一人称で語る形式で,そのためか,文章にキレがある。何というか,極限まで研ぎ澄ましたような文章なのである。

・・・仙台,また行きたいなあ。

フーガはユーガ

フーガはユーガ

(ひ)

ピーター・タウンゼント(中里重恭翻訳、海渡千佳監修)『ナガサキの郵便配達』(スーパーエディション)

 この本は、長崎で郵便配達中に被爆したスミテル(谷口稜曄)の物語である(The Postman of Nagasaki,1984)。

 物語は、スミテル少年の家族が長崎に移り住むところから始まる。戦争が始まり、1945年8月9日を迎える。スミテル少年は、背中に大やけどを負いながら、一命を取り留める。
 物語の後半は、被爆者スミテルたちの戦後である。原爆症に苦しめられながら、スミテルはシャツを脱いで背中のケロイドを世界に発信する覚悟を決める。1963年、スミテルは最愛の妻と二人の子どもたちと一緒に海水浴に行く。シャツを脱いで子どもたちと海に向かって歩いて行くスミテルの背中が描写され、この物語は終わる。

 

 出張で長崎に行くと、本屋に入って郷土本のコーナーを物色して、地元出版社の本を買い込むことにしている。中でも長崎文献社はいろんなシリーズを出していて、長崎研修旅行の事前学習には重宝している。
 大波止紀伊國屋書店で選んできた中の一冊。

 谷口さんは去年亡くなった。長年「被爆体験講話」をうかがってきた方も、今年は出てこられなくなった。被爆者の高齢化が進む。

ナガサキの郵便配達

ナガサキの郵便配達

  • 作者: ピータータウンゼント,海渡千佳,Peter Townsend,中里重恭
  • 出版社/メーカー: ナガサキの郵便配達制作プロジェクト/スーパーエディション
  • 発売日: 2018/08/01
  • メディア: 単行本
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 (こ)

深緑野分『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)

敗戦後のベルリンを舞台に,一人の少女の生き様を描く。深緑野分『ベルリンは晴れているか』。

1945年7月,4か国統治下に置かれたベルリン。音楽家のクリストフ・ローレンツは,毒による不審な死を遂げる。アメリカ軍の兵員食堂で働く少女・アウグステは,このことをクリストフの甥に告げようと旅立つが・・・。

この小説は,ミステリである。ミステリであるが,それ以上に,圧倒的な筆力をもって,読者を当時のベルリンの世界に引きずり込む。がれきの街。焦土。人々の混乱。今日明日をも知れぬ運命。僕たちは,当時,ドイツで,そしてベルリンで何が起きたかを知識としては知っている。しかし,知識として知っていることと,それを現実に体験することとは,大きな違いがある。この小説は,その架け橋となる作品である。

ベルリンには以前,仕事で短期間滞在したことがある。町のそこかしこに,戦争の痕跡があえて残されていた。ベルリンは,戦争の歴史を現在に伝える町である。

ベルリンは晴れているか (単行本)

ベルリンは晴れているか (単行本)

(ひ)