瀬戸晴海『マトリ 厚労省麻薬取締官』(新潮新書)

飛行機を頻繁に利用するようになって久しい。待ち時間は何をしているかというと,まあ,空港の中にある書店で,軽めの本を買ったりしている。先日買った本はこちら。瀬戸晴海『マトリ 厚労省麻薬取締官』。

厚生労働省麻薬取締官(マトリ)をしていた著者による,薬物事犯の解説書である。

違法薬物に関する一般書は多々あるが,元麻薬取締官による本というのは珍しい(おそらく本邦初ではないか)。薬物犯罪に対抗する専門組織・麻薬取締部につき,その組織,人員,仕事内容等が紹介されるとともに,著者が担当した実際の事件について描かれている。

改めて,違法薬物の恐ろしさが感じられた。

・・・などと思っていたら,槇原敬之が逮捕されちゃった。やっぱりなかなか抜け出せないのかなあ。

マトリ 厚労省麻薬取締官 (新潮新書)

マトリ 厚労省麻薬取締官 (新潮新書)

  • 作者:瀬戸 晴海
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/01/16
  • メディア: 新書

(ひ)

朱野帰子『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』(文春文庫)

 羽嶋賢児と蓼科譲は幼なじみ。大学を出た賢治は調査会社から大手家電メーカーに中途採用され、商品企画部に配属される。同僚の梨花は美顔スチーマーやマイナスイオンドライヤーなどの似非科学商品を次々と売り出している。上司の桜川も部長も金になるものを作って売るように賢児に迫る。賢児の姉の美空は科学的なことなど一切お構いなしの「未開人」。譲は大学に残って博士号を取り、研究者の道を着々と歩んでいる。賢児は父の命を奪った似非科学を憎んでおり、その撲滅のためには言動に容赦をしない。婚約者の紗綾もそんな賢児から離れて行った。

 最初、この本は「科学」と「未開人」との二項対立のもとで進むコメディなのかな、と思っていた。しかしそうではない。賢児と譲、賢児と美空、賢児と梨花、賢児の父と母、桜川部長と学会の大御所・鳥澤。いくつもの陰と陽が重なり合って、物語は進む。賢児には賢児の理由があり、譲には譲の、美空には美空の、理由がある。世界はそんなに単純なものではなく、人というものの本性はそんなに変わるものでもない。

 物語の中で唯一、対をなしていない存在がいる。生まれたばかりの美空の子・玲奈である。いや、赤ちゃんはすべての大人たちの反対側にいたのだ。

 

 なんとなく表紙とタイトルを見てポケットに入れた文庫本。
 帯や裏表紙から想像したのとはぜんぜん違った。たしかにお仕事小説だけれど、これは回復する家族の物語だと思う。あまり期待してなかったので、得した気分。
 原題は『賢者の石、売ります』だったらしい。どっちの方がよかったのかは迷うところ。

科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました (文春文庫)

科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました (文春文庫)

 

 (こ)

知念実希人『ムゲンのi』(上下巻,双葉社)

『ライオンのおやつ』と同様に,本屋大賞にノミネートされたら読んでみようと思っていた本。知念実希人『ムゲンのi』。

神経内科医の識名愛衣は,眠りから覚めない謎の病気「イレス」の患者を担当していた。「イレス」は,世界でも400例しか報告されておらず,治療法も確立していない。やがて愛衣は,霊能力者である《ユタ》の能力に目覚め,《マブイグミ》を通して患者を救済しようとするが・・・。

予想外の展開,というのはこういう小説のことをいうのだろう。特に後半は,次から次へと(いい意味で)読者の予想を裏切っていく。と同時に,きっちりと伏線回収も行う。読後感は,とても良かった。

知念実希人,これで3年連続のノミネート入りである。一昨年や昨年のようなリアル路線の作品よりも,こういうファンタジー要素強めの作品の方が,この作家には似合っているのかもしれないなあ。

ムゲンのi(上)

ムゲンのi(上)


ムゲンのi(下)

ムゲンのi(下)


(ひ)

加賀乙彦『死刑囚の記録』(中公新書)

 「赦し その遥かなる道」というドキュメンタリー映画を観た。韓国で2003年に起きた大量猟奇無差別殺人事件の被害者家族を追いかけるもので、母・妻・息子を殺された男性が犯人を赦そうとするが、長男を殺され後を追うように2人の息子も自ら命を絶った男性とひとり残された三男の心は怒りと復讐心と絶望でいっぱいである。答えはない。どちらの被害者家族も、残された者はただただつらいということである。

 加賀乙彦の『宣告』は死刑囚と医務官との交流を描いた長編小説だが、医務官としての経験から書いたのが『死刑囚の記録』である。

 「死ぬために生かされる」という独房での緊張と不安の生活から、多くの死刑囚が拘禁反応を示し、精神的に病んでいく者も少なくないという。一方で、濃密な生を生き直す者もいる。いくら仕事とはいえ、刑を執行する刑務官の負担も計り知れない。

 医師としての冷静な目で死刑囚を観察しながら、抑制した筆致で記述は進む。死刑囚との交流によって動かされたであろう心の動きが、その中にちらりと垣間見えるようすは、『宣告』よりもむしろ小説的であるようにも思える。

 昭和の凶悪犯と令和の凶悪犯とを比較することは難しいようにも思う。一方で、死刑は何のためにあるのか、死刑は誰のためにあるのか、死刑があることによって何がもたらされ何が失われているのか、という問いは、昭和も令和も変わってはいない。
 いったりきたりしながら、もやっと本を閉じた。 

死刑囚の記録 (中公新書 (565))

死刑囚の記録 (中公新書 (565))

 

(こ)

 

 

大山誠一郎『アリバイ崩し承ります』(実業之日本社文庫)

「2019年本格ミステリ・ベスト10」の第1位が,早くも文庫化された。大山誠一郎『アリバイ崩し承ります』。
 
商店街にある時計店の若い店主・美谷時乃。店内には「アリバイ崩し承ります」との貼り紙が。新米刑事の「僕」は毎月のように店を訪れて,時乃に事件の相談をする。話を聞いた時乃は・・・。
 
7つの短編からなる短編集で,いずれもアリバイ崩し,というのがおもしろい。時乃はいわゆる「安楽椅子探偵」(現場には出向かずに,話を聞いただけで真相を言い当てる探偵)であり,純粋にロジックの問題としてアリバイ崩しを楽しめる。
 
ところで,この作品,今月から浜辺美波主演でテレビドラマ化されている。あまり期待せずに第1回を見てみたのだけれど(ごめんなさい),意外になかなか良かった。重厚なヒューマンドラマとかばかりではなく,たまにはこういう肩の力を抜いたコミカルなミステリドラマも,いいかもね。
 
アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

(ひ)

小川 糸『ライオンのおやつ』(ポプラ社)

先週発表された本屋大賞ノミネート作は,以下の10作品です。

・砥上裕將『線は、僕を描く』(講談社
早見和真『店長がバカすぎて』(角川春樹事務所)
川上未映子『夏物語』(文藝春秋
・川越宗一『熱源』(文藝春秋
横山秀夫ノースライト』(新潮社)
青柳碧人『むかしむかしあるところに、死体がありました。』(双葉社
知念実希人『ムゲンのi』(双葉社
相沢沙呼『medium霊媒探偵城塚翡翠』(講談社
・小川糸『ライオンのおやつ』(ポプラ社
・凪良ゆう『流浪の月』(東京創元社

エンタメ,ミステリ,純文学・・・。ありとあらゆるジャンルの本が幅広くノミネートされました。今年は,例年稀に見る激戦かもなぁ。

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さて。

本屋大賞にノミネートされたら読んでみようと思っていたら,ノミネートされた。なので読んでみた。小川糸『ライオンのおやつ』。

33歳の女性・海野雫は,余命わずかと告げられ,残りの日々を瀬戸内の島にあるホスピスで過ごすことにした。そのホスピスでは,毎週日曜日,入居者がもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストする「おやつの時間」があった・・・。

本作品は,死にゆく若い人の人生を,そしてその心情を,小説という形式をとりながらもリアリティをもって描き出す。もちろん小説である以上,虚構であり,フィクションである。それでもこの本は,普段は意識していない「死」というもの,そしてそれと密接不可分な「生」というものを,主人公の目を通して読者に再認識させていく。

小説を読むという行為,特に,すぐれた小説を読むという行為は,他人の人生を疑似体験するに等しい。この本は,このを改めて思い起こさせるものであった。

ライオンのおやつ

ライオンのおやつ


(ひ)